健康経営とは?その促進方法と評価指標、システム化に向けた調査

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本用語集は、私家版として位置づけられたものであり、 従って、当学、或いは当プロジェクトの見解を代表するものではありません。 内容については正確を期しておりますが、 読者の方が本用語集を元に行った判断、行動についての責任を負うことはできません。 本用語集には科学論文のような厳密性もありません。 査読も受けていません。 誤解、思い違い等、多々あるものと推測されます。 内容の真偽については読者の方が各自ご考察をお願いします。


Summary

本稿では、まず健康経営の理解として、提唱者のロバート・ローゼンを紹介する。次に日本における健康経営年表を掲載し、日本における健康経営の流れを把握する。健康経営を促進する方法として、経済産業省の認定基準を引用する。また、健康経営を促進するアプリケーションを目標管理システムと健康モニタリングシステムに分けて紹介する。最後に健康経営の評価指標を経産省のガイドブックよりまとめた。


健康経営とは?

健康経営の提唱者: ロバート・ローゼン

「健康経営」とは、米国の経営学者であり心理学者でもあるロバート・ローゼン(Robert H. Rosen)が、1992年出版の「The Healthy Company」で提唱した概念である。従業員の健康促進にかかる費用を投資ととらえ、これにより、業績の向上を図る考え方である。つまり、従業員個人の問題として考えられていた従業員個々人健康を、会社として生産性向上の戦略(方向性)として考える。同氏によると、従業員の健康増進と生産性向上の両方に活用できる基本戦略が2つある。

  1. ストレス管理や禁煙、高血圧対策、栄養管理・教育、肥満防止プログラムなど、健康と予防の機会を提供し、従業員の抵抗力を高める戦略
  2. 人的資源施策及びプログラムを通じて、健康増進と生産性向上につながる労働環境をつくる戦略

国民皆保険制度がなく、基本的に任意医療保険の利用する米国では、従業員の医療費に連動して各企業が負担する保険料が変わる。即ち、従業員が健康であれば、医療保険費用が下がる。米国でも日本同様、医療保険の負担は看過できないほど巨大化している。採用市場でも医療保険と年金保険の提供が、職場を選ぶ一つの基準になっている。

米国で従業員の健康への投資と企業業績との関係を示した調査がある。

アメリカにおける優良健康経営表彰企業(Corporate Health Achievement Award Winners)とS&P500(スタンダードアンドプアーズ500株価指数)との十数年後における株価比較の研究が挙げられる。1999年の株価を100とすると、13年後の2012年には優良健康経営表彰企業は株価が約1.78倍になっているのに対し、S&P500は約0.99倍に留まっており、優良健康経営表彰企業はアメリカの大企業平均を上回るパフォーマンスを上げている。
(wikipedia)


日本の健康経営(年表)

  • 2006年 NPO法人健康経営研究会が「健康経営」を商標登録
  • 2013年5月 「健康と経営を考える会」設立
  • 2013年6月「日本再興戦略」閣議決定
    • この中の、「戦略市場創造プラン」「テーマ1」が、「国民の健康寿命の延伸」であった。
  • 2013年12月 「次世代ヘルスケア産業協議会」初会合
    • 「日本再興戦略」に基づき「健康・医療推進戦略本部」の下に設置。
  • 2014年2月 「健康投資ワーキンググループ」初会合
    • 上記の「次世代ヘルスケア産業協議会」内に設置。
  • 2014年「日本再興戦略」改定
    • 「健康経営」の文言が登場
    • 具体策は、①健康経営の評価指標を構築、②東京証券取引所での健康経営銘柄、③企業の優良取組事例の選定・表彰
  • 2014年 「健康経営会議」設立
    • 経団連が中心となって発足
  • 2015年 東京証券取引所での健康経営銘柄選定開始
  • 2015年6月 「KENKO企業会」設立
  • 2015年7月 「日本健康会議」が発足
    • 経済団体・保険者・自治体・医療関係団体など民間組織が連携し、厚生労働省・経済産業省の協力のもと、国民の健康寿命の延伸と、医療費適正化に向けて、実効的な活動を行うことを目的とした団体。
    • (日本健康会議)
  • 2015年12月 「ウェルネス経営協議会」発足
  • 2015年12月 企業のストレスチェック義務化
  • 2017年 経済産業省「健康経営優良法人」認定開始
    • 大規模法人部門と中小法人部門に分けられ、特に大規模法人部門の得点上位から500社を「ホワイト500」と名付けている。
    • (経済産業省)

日本における医療保険(健康保険)

前述の通り、米国においては企業が加入する私的医療保険の保険料が大きな課題であった。日本では、自営業や個人事業主を含めて全国民を対象にした「国民健康保険」、一般企業向けの「全国健康保険協会 社会保険」、大企業を主な加入者とした「健康保険組合 社会保険」がある。このうち、「全国健康保険協会」と「健康保険組合」を合わせて「社会保険」と呼ぶ。加入者数の割合を以下に示した。(因みに共済は主に公務員の保険である。) 大企業中心ではあるが組合健康保険は組合独自で保険料を決定することができ、企業として負担削減の余地がある。

健康保険加入者割合


ウェルビーイング経営

健康経営から発展した考え方として「ウェルビーイング経営」がある。この概念は、武蔵大学 森永教授が提唱したようである。

従来の「健康経営」は不調に陥った従業員を早期発見・治療し、復帰までを支援するといった身体の健康面に重点をおいてきました。これに対して「ウェルビーイング経営」は従業員のモチベーションといった精神の健康面を重視し、その結果が業績向上につながるという経営学的視点での取組みです。
「ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開 森永 雄太, 労働新聞社, 2019/02/04

但し、日本では、同調圧力、承認欲求、達成感を過剰に促進する”ブラック企業”が社会問題となっており、「モチベーション」向上が良くない方向に使われる可能性がある。リーダーシップ理論によれば、職場環境や個人の健康状態と、モチベーションは独立した要素である。即ち職場環境や個人の健康状態を無視して、モチベーション向上策を行うことができる。

下記に参考となる文書を示した。学術的に証明されたものではないが、筆者の実感から大きくずれない。


健康経営を促進するには?

チェックリスト

健康経営については経済産業省が認定制度を行っている。この認定制度では、申請者は申請書に含まれるチェックリストを基に自社の取り組みを自己採点する。申請書は審査を得て、申請者の認定がされるという形式である。いわゆる、形式審査のみであり、実地審査はない。

下記に、前述の認定基準から健康経営を具体的に促進すると思われる方策を抜粋した。(この抜粋は全ての要件を記載するものではなく、加えて2020年8月28日時点での資料を基にしているため、実際の申請にあたっては本稿を参考にしないよう願いたい。)

  • 健康課題に基づいた具体的目標の設定
  • 健康経営の評価・改善に関する取り組み
  • 定期健診受診率(実質100%)
  • 受診勧奨の取り組み
  • 50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施
  • 管理職又は従業員に対するヘルスリテラシー教育機会の設定
  • 適切な働き方・ワークライフバランス実現に向けた取り組み
  • 職場の活性化・コミュニケ-ションの促進に向けた取り組み
  • 病気の治療と仕事の両立の促進に向けた取り組み
  • 保健指導の実施又は特定保健指導実施機会の提供に関する取り組み
  • 食生活の改善に向けた取り組み
  • 運動機会の増進に向けた取り組み
  • 女性の健康保持・増進に向けた取り組み
  • 従業員の感染症予防に向けた取り組み
  • 長時間労働者への対応に関する取り組み
  • メンタルヘルス不調者への対応に関する取り組み
  • 受動喫煙対策に関する取り組み

従って、経済産業省によると、健康経営を促進させる方法は上記の取り組みを具体的に推進していくということになる。同認定制度で特に目を引くのは、目標設定、評価、改善という過程が含まれていることである。単に、健康推進を行うだけでなく、PDCAサイクルが求められている。


アプリケーション実例

健康経営促進のためのアプリケーションは、目標管理システムと健康モニタリングシステム、あるいはその双方の機能を包含したものがある。

本稿は機能的に優位なもの、価格その他の点で優れたものを紹介する意図はなく、飽くまでどのようなシステムが存在しているのかの把握を目的としている。実際のシステム選定にあたっては参考にしないよう願いたい。

健康経営 目標管理システム

前述の通り、健康経営の認定を取るためには、健康診断受診率、ストレスチェック数、その他の目標数値を具体的に定め、改善していくことが求められている。これらの数値設定、管理は業務不可が大きいため、健康経営の目標及び実績管理システムが多く提案されている。下記の「健康経営 目標管理システム」はその中で極少数の例を紹介しているにすぎず、実際にはかなり多くのシステムが存在する。詳細に調べたわけではないが、機能的には大差がないものと推測される。

オンライン健康管理システムwithカロミル ライフログテクノロジー

従業員がスマートフォン用のアプリ「カロミル」で入力したデータを、会社側が管理できるシステム。個々人がアプリ上で管理している「健康」を、企業・団体などの管理者側が一元管理することで、組織・チームが本当に健康なのかどうかを「可視化」することができる。


健康管理システム H.S.S. 伊藤忠テクノソリューションズ

検診管理、ストレスチェック、長時間労働対策。同社は保健業務を全て外注できるBPOサービスも行っている。H.S.S.のみの利用も可能。


「はたらくミカタ」NINOSystem
@Health+Care 健康管理システム PASONA
LifeMark HealthAssist FUJITSU


健康経営 健康モニタリングシステム

健診結果、自己問診結果、目標値の管理以外にも、対象者のデータを取得し、役立てていこうというシステムをある。これをここでは「健康モニタリング」と名付けた。健康モニタリングの具体策として、例えば歩数、睡眠、心拍、呼吸、体温、活動量といったデータを取得し、可視化するものがある。


健康経営支援ソリューション パナソニック

eラーニングと健康促進投資のROIシミュレーション等、健康情報データを集約・蓄積しデータ分析を行う。加えて、ウェアラブル端末を使った歩数・睡眠データ、着衣型生体センサーを使った心拍・呼吸・ストレス度・眠気などの可視化を行う。


健康経営支援サービス 日立システムズ&タニタヘルスリンク

日立システムズが開発した健康経営目標管理システムと、タニタヘルスリンクが開発した健康度測定、健康促進機器を組み合わせた。職場に健康ステーションとして、体組成計、血圧計、活動量計の読み取り装置を配置する。測定されたデータはクラウド上で管理される。社員個人の活動を健康ポイントとして付与することができる。


「Health Ledger」 EPテクノ

健康診断の管理、セルフストレスチェックに加え、社員が日々の体重、血圧、摂取カロリーを入力することができる。摂取カロリー計算では、写真から摂取カロリーを推測する仕組みがオプションで提供されている。顔認証サーマルカメラにより社員の体温を取得するシステムがある。


勤次郎Enterprise ヘルス×ライフ 大塚商会

ストレスチェック、健診結果の管理、予防対象者の抽出とアラーム等、健康経営に必要な機能を揃える。iPhoneに備わっているHealthKitというアプリとのデータ連携が可能。


番外編: 見守りシステム

健康経営とは少し主旨が異なるが、各種運転手やパイロット、食品製造業等衛生管理が重要な職場、屋外で重労働を行い熱中症の危険がある会社向けに、TOSHIBAが見守りサービスを展開している。同システムで従業員は端末を装備し、睡眠時間、歩数、血圧、脈拍、体温、体重、BMIといったデータが取得される。

これにより業務中に発生する恐れのある従業員の健康リスクを、事前に事業者側で把握することができる。


健康経営の評価指標

健康経営の評価指標を「企業の「健康経営」ガイドブック ~連携・協働による健康づくりのススメ~ (改訂第1版)」 経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課」より抜粋した。尚、以下の内容には不健康による損失額を計算する指標はあるが、健康増進による利得額を計算する方法は記載がない。

  • 健康経営指標
    • ストラクチャ
      • ①経営理念・方針
          • 健康経営の目的の明確化の有無
          • 健康経営の理念・方針の明文化の有無
          • 健康トップの発信の有無
      • ②組織体制
        • 健康経営推進体制
          • 法定外福利費のうち従業員一人あたりの医療・健康関連費用額
          • 健康保持・増進責任者の設置の有無
          • 健康経営統括組織の有無
          • 従業員一人当たりの産業医、保健師・看護師・管理栄養士の人数
          • 統括組織構成員への教育・研修の有無
        • 外部資源との連携
          • 保険者との連携体制の有無、保険者とのデータ共有の有無
          • 外部専門家等の活用の有無
    • プロセス
      • 従業員の健康についての状況・課題の把握
          • 定期健診受診率、保健指導対象率、保健指導実施率
      • 健康課題への対応・施策実施
        • ポピュレーション・アプローチ
          • 健康教育実施。全従業員に占める参加率・満足度
          • 禁煙プログラム提供。喫煙者に対する参加率・満足度・継続率
          • 社食における健康メニュー提供数
          • 食生活改善情報提供閲覧数
          • 食生活支援内容への従業員満足度
          • 職場における体操等参加者率・継続率・満足度
          • 提携スポーツクラブ・ジム等利用率・継続率
          • スポーツイベント等参加率・継続率・満足度
          • メンタルヘルス教育参加率
          • メンタルヘルスチェック参加率
          • メンタルヘルス相談窓口等利用率
          • ラインケア実施率・参加率
        • ハイリスク・アプローチ
          • 保健指導対象率
          • 保健指導実施率
          • 保健指導 対象者/実施者満足度
          • 管理不良者に対する事後措置面談実施率
          • 「要再検査」・「要精密検査」対象者の再検査受診率
      • 就業環境に関する制度・施策
        • 長時間労働抑制施策
          • 長時間労働者数
          • 従業員 1 人平均年間総実労働時間数
          • 従業員 1 人平均年間所定外労働時間数
          • 施策満足度
        • 有給休暇取得奨励
          • 年次有給休暇取得率
          • 従業員 1 人平均年次有給休暇取得日数
          • 施策満足度
        • 復職支援
          • 対象者満足度
          • 対象者復職率
      • 施策の効果検証・改善
        • 健康状態
          • 健診結果からの改善状況把握の有無
          • 健診結果と施策の相関分析の有無
        • 休職・欠勤状況
          • 休職率・欠勤率の状況把握の有無
          • 休職率・欠勤率と施策の相関分析の有無
        • 医療費
          • 施策と医療費の費用対効果分析の有無
        • 次年度施策への反映
          • 施策効果検証結果を踏まえた改善案の提示
          • 検証結果を踏まえた次年度計画策
    • アウトカム
      • 生産性
        • アブセンティーイズム
          • 従業員へのアンケート調査
          • 欠勤・休職日数(代替指標)
          • 疾病休業者数・日数
        • プレゼンティーイズム
          • WHO-HPQ
          • 東大1項目版
          • WLQ
          • Wfun
          • QQmethod
        • 生産性損失のコスト評価
          • 健康関連総コスト換算による評価 ※1
          • パフォーマンス低下度による損失額算定評価 ※2
      • 従業員の健康状態に関する指標
        • 身体的指標
          • 血圧
          • 血中脂質
          • 肥満
          • 血糖値
          • 既往歴
          • 管理不良者率
          • 要受診者率
        • 生活習慣指標
          • 喫煙習慣
          • 飲酒習慣
          • 運動習慣
          • 睡眠・休養
          • 朝食
        • 心理的指標
          • 主観的健康感
          • 生活満足度
          • 仕事満足度
          • ストレス
        • 就業関連指標
          • ワークエンゲイジメント


  • ※1 健康関連総コスト換算による評価: ①医療費(総額)②傷病手当金(事業主補填金含)③労災補償費 ④アブセンティーイズムの日数×総報酬日額 ⑤プレゼンティーイズム損失割合×総報酬年額 (標準報酬月額×12 か月+標準賞与) ① ⑤の合計金額・割合で生産性損失コストの評価を行う。
  • ※2 パフォーマンス低下度による損失額算定評価: ①1 人 1 日あたり人件費(賞与・各種手当・法定福利費等)×②パフォーマンスの低下(※QQmethod)×有症状日数=損失額 ※パフォーマンスの低下=1-{(仕事の量+仕事の質)/2×1/10}または =1-{(仕事の量)/10×(仕事の質)/10}により生産性損失コストの評価を行う。


Well-Being Glossary Index


レジリエンス(精神的回復力)とは?その促進方法と測定方法、システム化に向けた調査