レジリエンス(精神的回復力)とは?その促進方法と測定方法、システム化に向けた調査

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Summary

本稿では、まずレジリエンスの理解として、ストレス事象後の精神状態を悪化させる脆弱性と回復させるレジリエンスを比較する。また、レジリエンス研究の経年的流れを理解し、用語の意味を説明する。更に理解を深めるため、レジリエンス因子の一覧と、ストレスコーピングとの概念比較を記載した。促進方法の章では、実際に行われ評価を受けたプログラムを2つ、公表されているアプリケーションを3つ紹介する。測定・評価方法の章では、各種の尺度について調べた。


レジリエンス(精神的回復力)とは?

レジリエンス(resilience)は、元々はストレス(stress)とともに物理学の用語であった。 ストレスは「外力による歪み」を意味し、レジリエンスはそれに対して「外力による歪みを跳ね返す力」として使われ始め[3]、精神医学では、ボナノ(Bonanno,G.)が2004年に述べた「極度の不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持することができる能力」という定義が用いられることが多い[4]。(wikipedia)

resilienceは心理学の用語で、心的なストレスからの回復力・抵抗力を表す概念である。例えば、強いストレス事象を体験しても、全ての人がPTSDになるわけではない。寧ろ、PTSDにならない人が多く、この違いは何に起因するのかというのがレジリエンス(精神的回復力)の出発点である。


回復する力と悪化する要因

脆弱性因子(vulnerability factors)&回復力因子(resilience factor)

レジリエンスの概念を図にすると下記のようになる。人はあるストレス事象の発生に対して、一時的に気分が落ち込む。“resilience > vulnerability”、即ち回復する力が悪化させる要因より強いときには回復する。勿論、回復にどの程度時間が掛かるかは本人のストレス事象に対する感受性にも関係する。

このモデルでは、心理学的な脆弱性因子と回復力因子は別物だと考えられる。つまり回復を促す性格的な特徴の裏返しが悪化させる特徴ではない。

下記にAhmedが2007年にまとめた「脆弱性因子」と「レジリエンス因子」を表にまとめた。

脆弱性因子レジリエンス因子
内的要因
  • 女性であること
  • 安全であるという感覚の低さ
  • 社会的支援を受けている感覚の低さ
  • 神経質特性の高さ
  • 精神病理が事前に存在すること
  • 過去のトラウマになる出来事に対する否定的な評価
  • 自尊心
  • 信頼
  • 才覚
  • 自己効力感
  • 自己統制感
  • 安全な愛着(親が一旦去っても戻ってくると確信できる子供の気持ち)
  • ユーモアのセンス
  • 自己充実感
  • 自己熟達感
  • 楽観
  • 対人能力(社会スキル、問題解決スキル、衝動の制御)
外的要因
  • 教育水準の低さ
  • 移民であること
  • 過去のトラウマになる出来事
  • 暴露の深刻さ(深刻または持続的なトラウマ)
  • 安全性
  • 宗教的な交友関係
  • 強い役割モデル
  • 情緒的な暮らし(他者から与えられる理解、仲間意識、所属意識、尊敬)


レジリエンスは能力? 過程? 結果?

レジリエンス研究の流れ

レジリエンス研究は、(1)まずハイリスクな環境下で育った児童が社会的に適応した場合にはどんな特徴があるのかという問いに答えるべく始まった。(2)次にレジリエンスに影響する個人の内的保護因子や外的保護因子を明らかにすることを目的とした研究が行われた。(3)その後、回復と成長に重なる要素が多いことから、自己実現を目指すといった観点にまでレジリエンスの概念が拡大してきた。(4)しかし、潜在的な回復力を養おうという話から、「困難を克服し成長しよう」という話に変わった点については批判もある。


アン・マステン(Ann Masten)の提言

米国で逆境にある子供たちのレジリエンス研究を続けている発達心理学者 Ann Masten によると、レジリエンスは「困難で脅威的な状況にも関わらず、うまく適応する過程・能力・結果」である。この定義が広く受け入れられている。すなわち、困難な状況からどのように心理的な回復するか(過程)、また最終的に望ましい適応が達成されるか(結果)、さらにはそれらの過程や結果に影響する因子は何か(能力と環境)という問題意識と結びついている。

同氏は、レジリエンスを対象者の内的システムと対象者を取り巻く周囲の人、社会システムとの相互作用により実現されるものと捉えている。自己責任論に結びつきやすい個人の特性や能力という考えを敢えて廃し、適切な支援があれば誰でもレジリエンスを実現できると述べている。下記に同氏の著書を紹介する。


レジリエンス因子とは?

環境、性格、能力因子

精神的な回復過程は、複数の因子が相互に連動し、複雑に影響しあうため、因子の特定は難しい。ある人が行っている心理的な落ち込み脱出法を、別な人は行っていないことが簡単に想像がつく。その中でも以下の3つの分類が最も広く支持されている。

  • 環境因子(ex, 社会的支援)
  • 先天的な個人内因子(ex, 楽天的性格)
  • 後天的な能力因子(ex, 問題解決能力)


レジリエンス理論一覧

下記に研究結果として抽出されたレジリエンス因子を列挙した。カッコ内の数字は発表された年である。これを見ると、自尊心、楽観性、感情統御、社会関係が重要なようである。

提唱者因子
Rutter (1985)レジリエンスが機能するための条件
①ストレッサーに適切に反応すること、②不運な出来事を適切に処理すること、③積極的に行動する能力、④自分のレジリエンスが機能していることに本人が気づいていること、⑤他者との十分で適切な相互作用、⑥ストレッサーを乗り越えることに本人が意義を見出していること
小塩(2002)「新奇性追求」「感情調整」「肯定的な未来思考」
森・清水・石田・冨永・Hiew(2002)1. 自分自身を受け入れていく「I AM」の力、2. 他者との信頼関係を築く「I HAVE」の力、3. 問題解決能力である「I CAN」の力、4. 目標を定め伸びていく力である「I WILL」の力
Salvatore.Rと Deborah.M ( 2006)レジリエンスの基盤をなす心理特性
コミットメント(Commitment )、コントロール( Control)、チャレンジ( Challenge)
C.Hirenburando (2010)変化に対する順応性、希望(楽観性)、忍耐力、大局観、社会的知能
American Psychological Association (2013)レジリエンスを育成するための 10 要因
①他者との関係性を築くこと,②危機を乗り越えられない問題であるとはとらえないこと,③変化を生活における一部分として受容すること,④目標に向かって進むこと,⑤断固とした行動を取ること,⑥自己発見の機会を求めること,⑦自分に対してポジティブな認知をもつこと,⑧事実を全体像の中でとらえること,⑨希望に満ちた見方をもつこと,⑩自分自身を大切にすること
平野(2016)資質的レジリエンス要因: 「楽観性」「統御力」「社交性」「行動力」
獲得的レジリエンス要因:「問題解決志向」「自己理解」「他者心理の理解」


ストレスコーピング vs レジリエンス

レジリエンスと近接する用語として「コーピング」がある。「コーピング」とレジリエンスの違いを明確にするために、該当箇所を下記に引用した。

ストレス状況に遭遇した時に、人は自己の安定を回復するために様々な対処方略を講じる。これがストレスコーピングである。ストレスコーピングとレジリエンスとの違いは、コーピングの目的が心理的ストレス反応の低減であり、その後にその状況から立ち直るという力動やその後の説明は含まれていない。一方レジリエンスは、ストレス状況下において一時的には傷つきながらもそこから立ち直っていく過程や結果( Masten,Best& Garmezy, 1990)とされることから、適応状態に至った結果を重視しており、ストレス耐性やストレスコーピングをも含蓄した個人内および環境要因の両者を活用しながら、ストレス状況に適応することができる特性と言える。

看護師のメンタルヘルスとレジリエンス支援に関する介入研究谷口 清弥, 筑波大学

つまり、レジリエンスはストレス状態からの回復力、過程、結果全般を示す概念であり、ストレスコーピングは回復過程の中の方策であると考えられる。ストレスコーピングについては別稿に記載した。興味がある人は参考にしてほしい。


レジリエンス(精神的回復力)を促進するには?

レジリエンス(精神的回復力)を促進していくためには、前述のレジリエンス要因となる要素を対象者のなかで成長させれば良い。例えば、自尊心が大事だということであれば、自尊心を育てるプログラムを実施することがレジリエンス促進につながる。但し、また、研究の多くはレジリエンス要因を増加させることを目的としているが、実際に強いストレスを受けた際にどの要因がどの程度作用するのかは、レジリエンスという過程の数理的モデルが明らかにならなければ分からない。


促進プログラム事例

レジリエンス(精神的回復力)を促進する方法について様々な研究がある。但し、前述のように定義が多様であるため、尺度も複数あり、介入研究相互の比較が難しいことが指摘されている。そのため、標準的な介入プログラムはまだ定まっていない。

Master Resilience Training:MRT, Reivich, Seligman, & McBride(2011)

アメリカ軍の軍人を対象に4つのモジュールで構成された10日間のプログラムを開発。具体的な内容は(a)レジリエンスについての学習,(b)認知行動療法をもとにメンタルタフネスを作る,(c)強みの特定,(d)兵士や家族間の強い関係性を築く,である。

谷口(2012)

自己イメージワークのプログラムについて 2 時間の研修。講師とアシスタント 1 名ずつで 看護師19名に対して行う。
ネガティブな自己イメージがメンタルへルスを悪化させていると考え、自己肯定型の自己イメージ再構築を目的に、SATイメージ療法を用いたプログラム介入を行った。非介入群との比較では、6 カ月後のメンタルヘルス改善効果が確認された。

代表的なものを2つ挙げたが、これ以外にも介入プログラムは多い。その他のプログラムについては下記の文献に詳述されている。


アプリケーション実例

多数の介入プログラムが存在するのに対して、情報システムとして実現された例はまだまだ少ないようである。但し、ストレス対応の一環を謳うアプリケーションは多数ある。特にレジリエンスに焦点を当てたアプリケーションを以下に紹介する。


「レジリエンスさがし」 平野真理 他, 東京家政大学&東京大学

もともと自尊感情が低い人々を対象に、自らのもつ資質を認識することでレジリエンスを育むことを目指したアプリケーション。利用者150名、非利用者150名の効果測定の結果、レジリエンス尺度得点の向上が有意に示された。レジリエンス尺度得点の低い人々にとって、日常の小さな自分の達成や喜びを振り返るようなワークが、効果的に自尊感情を向上させる。

「レジトレ!」 京都大学健康科学センター

科学的根拠が実証された iCBT(インターネット認知行動療法プログラム)をもとに、大学生がパフォーマンスを上げるために必要なスキルをワークブック形式でトレーニングするスマホアプリ

RESILnZ, Access Wellbeing Services

レジリエンス向上エクササイズ、気分モニタリング、ガイド付き瞑想、ポッドキャストコンテンツといった機能を備える。欲しい機能だけを選んで使える。iOSやAndroidに対応、FitbitやGarminのウィアラブルデバイスに接続して、心拍と心の状態の関係を可視化することも可能。


レジリエンス(精神的回復力)の測定/評価方法

主観法(質問紙法)

前述の通り、レジリエンス研究は、困難からの回復できた人と他の人の違いは何か、回復した人の特徴や、回復の要因を明らかにできないかという問題意識から始まったため、各種の尺度が開発されてきた。

代表的なものを以下に示す。

レジリエンススケール(Resilience Scale:RS), Wagnild&Young
(1993)
個人的コンピテンス(Personal Competence)と自己と人生の受容(Acceptance of Self and Life)の 2 因子 25 項目。様々な年代で使用することができ、高い内的整合性
や妥当性が示されており、現在のところ最も信頼できるレジリエンス尺度である。
英語PDF
森らのレジリエンス尺度, 森 他, 2002① I am 因子:自分自身を受け入れる力、② I can 因子:問題解決力、③ I have 因子:他者との信頼関係構築力、④ I will/do 因子:成長力の 4 下位因子から構成される29 項目 5 件法の尺度。
大学生の自己教育力とレジリエンスの関係  学校教育実践学研究 8, 179-187, 2002.
精神的回復力尺度(Adolescent Resilience Scale; ARS)
小塩 他, 2002
精神的な落ち込みからの回復を促す心理的特性である精神的回復力を測定する尺度。21項目で構成されており,全体を精神的回復力としても,3つの下位尺度(新奇性追求,感情調整,肯定的な未来志向)に焦点を当てた得点化も可能である。
日本語版pdf
二次元レジリエンス要因尺度(Bidimensional Resilience Scale; BRS)
平野 他, 2010
レジリエンス要因を資質的な要因と獲得的な要因とに分けて捉えるために,Cloningerの気質–性格理論(TCI)を用いて二次元レジリエンス要因尺度(BRS)を作成
質問票PDF, 手引き

その他のレジリエンス尺度については以下のページにまとめがある。


生体反応&生体情報

レジリエンスを精神的回復力と考えたとき、それを生体反応(バイオマーカー)や生体情報(脳波など)から測定する有望な方法は開発されていない。実際にストレス事象が発生した際のストレス反応を測定することは可能である。ストレス&リラックス反応については、本サイトの別稿に改めた。



Well-Being Glossary Index


睡眠の仕組みとは?その促進方法と測定方法、システム化に向けた調査
健康経営とは?その促進方法と評価指標、システム化に向けた調査