睡眠の仕組みとは?その促進方法と測定方法、システム化に向けた調査
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Summary
本稿ではまず睡眠の仕組みとして、レム睡眠・ノンレム睡眠の区分し、それぞれの特徴を列挙する。また、睡眠には疲労回復機能があり、成長ホルモンの役割を概説する。睡眠については未だに解明されていないことも多く、短眠者の例を紹介する。睡眠促進の実例として、アプリケーションの分類について触れた後、実例を紹介する。睡眠の測定方法としては、PSG及び脳波、脈波、その他の生体情報を活用した睡眠状態推定方法をまとめた。
睡眠の仕組みとは?
REM睡眠・non-REM睡眠(徐波睡眠)
睡眠とは意識を喪失する生理的な状態である。但し、刺激によって意識を取り戻すことができる(Wikipedia)。睡眠は、その状態中の急速眼球運動(REM: Rapid Eye Movement)の有無によってREM睡眠、non-REM睡眠に分けられ、non-REM睡眠は更に4段階に分ける考えが一般的である。
レム睡眠 |
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ノンレム睡眠 (徐波睡眠) |
ステージI (N1) |
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ステージII (N2) |
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ステージIII (N3) |
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ステージIV (N4) |

左の図のように睡眠の各段階の遷移を時間軸に沿って表したものを睡眠経過図(ヒプノグラム)と呼ぶ。下記の例では横軸が時間で縦軸が睡眠の各段階を意味している。横軸の一番上は覚醒状態を意味し、下に行けば行くほど深い睡眠段階を意味している。
医療における睡眠経過図は PSG (Polysomnography, 終夜睡眠ポリグラフ検査)の検査結果を利用する。PSGについては、睡眠の測定の章で紹介する。
下記の文献に、REM睡眠とNon-REM睡眠の役割について詳しく説明されている。
- 「レム睡眠のメカニズムと生理的意義」 髙木 眞莉奈 筑波大学, 2017. レム睡眠とノンレム睡眠の関係について詳述あり。レム睡眠の役割は、レム睡眠時の徐波(δ波、θ波)の促進と、合わせてレム睡眠中に海馬でθ波が優勢になることから何らかの記憶形成と関りがあると結論付けている。
疲労回復
睡眠の機能を考えると疲労回復が挙げられる。本節では、睡眠と疲労回復について考察する。
成長ホルモンとIGF-1
睡眠中の疲労回復に大きな影響を与えているのが、成長ホルモンである。成長ホルモンは単に「成長」を促進させるだけでなく、「細胞の修復」や「疲労回復」に役立っている。成長ホルモン(GH)は各器官に直接作用する場合と、インスリン様成長因子-1(IGF-1)を介して間接的に作用する場合がある。
睡眠と成長ホルモン分泌は深く関連しており、睡眠中の成長ホルモン分泌は年齢、性差の影響を受けるが、若年男性では1日の成長ホルモン分泌量のうち約60〜70%、若年女性では5割未満が睡眠中に分泌される。特に睡眠開始後の徐波睡眠の出現と深く関連している。
但し、夜勤者の成長ホルモン分泌は、日勤者と比べて、睡眠中は少なく、日中は多いことが報告されており、単純に睡眠時間の長さや入眠時間の制御でホルモン分泌が促進されるわけではないようである。
眠らない人
短眠(ショートスリーパー)、アル・ハーピン氏
一般的に生物にとって睡眠は、栄養補給よりも重要と言われる。ネズミを使った動物実験では、睡眠を遮断された個体は1~2週間程度で死に至る。この期間は食物の遮断よりも短い。
ところが、睡眠時間が極度に短い者がいることが報告されている。短眠とは、睡眠時間が短くても、特段の障害が発生しない人々である。生活に不都合がない点で、不眠症とは異なる。Wikipediaには、短眠の例として、武井壮、澤井健一、エジソン、森鷗外が紹介されている。更に全く睡眠をとらないというアル・ハーピンという人物が記録に残っている。アル・ハーピンは健康長寿で94歳まで生き、死因は睡眠不足ではないとのことである。
睡眠を促進するには?
睡眠促進アプリケーションには様々なものがある。ここでは対象者との遣り取りに基づいた分類とシステムの形状に基づいた分類を行う。対象者との遣り取りに基づいた分類は、一方向型、モニタリング型、センサによる状態推定に基づき睡眠促進を行う個別適合型の3つに分けた。形状に基づいた分類では、ハードウェアの形状を基に分類を行った。
アプリケーション類型
対象者との遣り取りに基づいた類型
- 一方向型:
一方的に睡眠促進をおこなうもの。大多数のアプリケーションはこの類型に含まれる。睡眠促進の音楽や映像を流すものが代表的である。殆どのアプリケーションでは、効果について科学的背景を持たない。 - 睡眠計:
睡眠状態を測定し表示するもの。体に装着、或いは外部に設置したセンサから、心拍、体動、脳波、呼吸などから睡眠状態を推定する。この装置単体で睡眠促進を行う機能はないので、睡眠促進アプリケーションとは言えないが、重なるところも多いので便宜的に記載した。どのデータから睡眠状態を推定しているかは公表されているが、医学的検査法であるPSGとの比較などの精度情報は公表されていない。 - 個別適合型:
対象者の状態を推定し、促進対応を変化させるもの。前述の通り心拍、体動、脳波、呼吸等のデータをセンサから取得し、対象者に対する促進内容を変化させることができる。
- 一方向型:
ハードウェアの形状に基づく類型
- 腕時計型
- マット型
- 枕型
- アイマスク型
- ヘアバンド型
- その他
アプリケーション実例
下記にアプリケーション例を列挙した。尚、本稿は特定個人のある時点でのアプリケーション適用の是非を論じたり、個々のアプリケーションを推奨するものではない。個人へのアプリケーション適用は専門家の判断を仰ぐようお願いしたい。
- 快眠に導く睡眠ロボット「Somnox」はリズミカルに呼吸してリラックスできる ロボスタ. 抱き枕ロボット Somnoxの紹介。ロボットが呼吸し、音声を再生し、睡眠を促進する。
- 微小電流で快適睡眠を促す新型デバイス「Sleepman」 SAKIDORI. 睡眠状態をモニタリングしながら、微細な電流を掌から流し、快眠を促す装置。(電流を掌から流すとあるが、安全性は大丈夫か?)
- Dreamlight PRO スマートスリープアイマスク. 睡眠モニタリング、光による呼吸法指南と音による入眠支援。
- 自動調節で首を守るスマート枕「Podoon Pillow」 TUSB. 圧力センサからのデータを元に高さを自動調節してくれる枕。
- イビキトリーナ TUWAN社, 日本代理店 合同会社アスタイル. 枕元に置く集音装置から枕の中に入れる空気パッドを制御し、いびきを止める装置。
- ヘッドバンド型 Dreem. 脳波センサーによる正確な睡眠データをもとに、骨伝導によるサウンドでユーザーを睡眠に導いてくれる頭に装着するタイプのウェアラブル装置
- 睡眠を分析しライトを使って体内時計を再同期する睡眠ソリューション「Circadia」. 壁付けタイプの睡眠計と体内時計を調節してくれるセラピーライトがセット。
- 自動温度調節のAIマットレス「MOORING」.
睡眠状態の測定/評価方法
PSG(Polysomnography, 終夜睡眠ポリグラフ検査)
医学分野での睡眠段階測定にはPSG(Polysomnography, 終夜睡眠ポリグラフ検査)が使われる。
脳波、顎筋電図、眼球運動、呼吸運動、心電図などを終夜にわたり同時に記録する検査。PSGは比較的大掛かりな装置が必要で、尚且つ体に多数のセンサを装着する必要があるため、対象者の負担は大きい。PSGの標準的な検査手技と睡眠段階判定には、 1968 年 Rechtscaffen と Kalesにより標準化され広く普及していたR&K法を用いる。詳細な解説については下記の文献に詳しい。
生体情報
PSGを用いたR&K法は世界標準となっているが、機器が高額且つ大規模であり医療機関や研究所以外の用途に適さないこと、顔面にセンサを張り付ける拘束感があり、それ自体が睡眠を阻害しかねないことが課題である。そこで、より簡易な方法で、精度の高い推定方法が提案されている。
脳波
前述の通り、睡眠の初期段階ではα波が減少しΘ波が増加する。ノンレム睡眠のより深い段階ではδ波が出現する。またレム睡眠の場合にはΘ波が増加する。睡眠の初期段階でもレム睡眠の場合にもΘ波が増加するため、単純に脳波だけで睡眠段階を推定するのは精度の面で難しいと考えられている。その為、脳波を利用する場合でも他の指標と組み合わせて使う場合が多いようである。
下記の資料に睡眠ステージと脳波の変化が簡潔にまとめられている。加えて、脳波からのデータを活用するアプリケーション例として Phillips社 SmartSleep を紹介する。
- 脳波判読のための基礎★: 睡眠ステージによる脳波の変化 九州大学附属図書館.
- SmartSleep ディープスリープ ヘッドバンド Phillips. 脳波から睡眠段階を検出、深い睡眠時にオーディオトーンを流す。
心拍/脈波
心拍数はノンレム睡眠時に減少し、覚醒やレム睡眠時に増加する。睡眠は脳の働きに依るものであるが、自律神経系にも大きく影響している。但し、心拍だけであれば、R&K法で定義される全てのステージを判定するのは難しいようである。下記に心拍を用いて睡眠段階を判定する研究例を紹介する。また、ハードウェアとして心拍を計測する方法の参考として、Apple Watchの記事を紹介する。
- 心拍変動を用いた時間依存睡眠段階遷移モデル 武田 十季 他, 2016. 心拍と時間軸の概念を用いて、覚醒、ノンレム睡眠、レム睡眠の3つを判定する。
- 心拍数。その意味と Apple Watch での表示方法。 apple.com. Apple Watch の心拍数測定のしくみと、より正確な測定結果を得るコツについて。
- 睡眠状態推定用観測器の構築 栗原研
- 心地良く目覚める目覚まし時計 ロペズ研
体動と呼吸
体動と呼吸によっても睡眠段階を推定することができる。詳細は下記の文献に詳しい。
Well-Being Glossary Index
ウェルビーイング情報技術(IT)とは? 関連コンセプトのマトメ
Ubiquitous Computing 1991, Value Sensitive Design 1996, Affective Computing 1997, Persuasive Technology 1998, IoT 1999, Attentive User Interface 2003, Emotional Design 2004, Personal Informatics 2008, Positive Computing,
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ストレスとは?: 快ストレス/不快ストレス, ストレス無害説(Willpower/ウィルパワー), ストレス脆弱性モデル(stress vulnerability model),
ストレス対応 促進方法: ストレスコーピングとは?, ストレス対処アプリケーション例 SELF/KOKO/Simple Habit/Moodrise, ポジティブコーピング / Proactive Coping Theory,
測定方法: 主観評価: SACL(Stres Aroussal Check List), ストレスバイオマーカー(唾液), 心拍変動(HF/LF), 非接触型(顔画像/表情/声/顔面皮膚温),
マインドフルネス とは?その測定方法と促進方法、システム化に向けた調査
マインドフルネス(mindfulness)とは?: マインドフルネスの条件, MBSR/MBCT, マインドワンダリング&マインドレスネス, 考えることの悪影響, 脳科学とマインドフルネス, DMN(Default Mode Network)の活動抑制
マインドフルネスを促進するには?: アプリケーション例: システムが利用者への働きかけを一方的に行うもの/ 指導者による体験プログラム支援/ システムが利用者とやり取りしマインドフルネスを促進するもの, 設計上の留意事項
ストレスの測定方法: MAAS, FFFMQ, 脳波による測定: ヘアバンド型脳波計&瞑想支援アプリ, 瞑想ポッド, ヘアバンド型脳波計&マインドフルネス実践アプリ