ストレスとは?ストレス対処を促進するには?

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本用語集は、私家版として位置づけられたものであり、 従って、当学、或いは当プロジェクトの見解を代表するものではありません。 内容については正確を期しておりますが、 読者の方が本用語集を元に行った判断、行動についての責任を負うことはできません。 本用語集には科学論文のような厳密性もありません。 査読も受けていません。 誤解、思い違い等、多々あるものと推測されます。 内容の真偽については読者の方が各自ご考察をお願いします。


Summary

本稿は社会的課題となっているストレスについて、その対処アプリケーション開発の参考となる情報をまとめた。まず、人間がストレスを受けた際のモデルについて各理論の概要を把握し、次にストレス対処の理論とその為のアプリケーションの実例を紹介する。最後にストレスをどう測定するかということについてまとめた。


ストレスとは?

英語辞書によればストレスという単語は元々、苦難、苦境、逆境を表す distress に由来する。stressは物理学の分野では、物体に対し圧力を加えた際に、その圧力に対して生じる反発力(応力)を意味する。

生体的、心理的ストレスの研究を大きく進めたのが、ハンガリー系カナダ人の生理学者ハンス・セリエである。当初、ストレスという概念を説明するために「有害作因」という言葉を使っていたようである。同氏は、マウスに異なったストレスを与え、異なったストレスであっても生体としての適応反応は同じであることを明らかにした。つまり、爆音、極寒、負傷といった異なった刺激であっても、生体としての反応は似通っているという事である。反応には、警告反応期、抵抗期、疲憊期があり、抵抗期を過ぎてしまうと、生体の適応力は下がっていく。副腎を摘出したマウスは、この3つの反応は起こらず、副腎皮質から出るステロイドホルモンが重要な働きを示していることを証明した。これを適応症候群理論という。


快ストレス/不快ストレス

セリエの理論に依れば、ストレスには生体的に有益である快ストレスと不利益である不快ストレスの2種類がある。同氏は “Stress is the spice of life.(ストレスは人生のスパイスである)”と述べている。適度なストレスは交感神経系を活性化させ、判断力や行動力を高める。


ストレス無害説

一方、ストレスが健康に影響すると信じている人の死亡率は、ストレスが健康に影響しないと考えるいる人の死亡率より43%高いという研究が2012年に発表されている。ケリー・マクゴニガルは、米国で「ストレス=害」と意識したがために死亡した人の総数を8年間で182000人と推定。

例えば、ストレスを感じると心臓がどきどきするが、これを体に悪いとネガティブにとらえると実際に血管が収縮し心不全などの原因となる。ところが、心臓がどきどきするのは新鮮な血液を心臓にどんどん送り込んでくれているのだと肯定的にとらえると、血管が収縮しないことが分かった。すなわちストレスは捉え方により、健康に全く害がないと主張している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B4%E3%83%8B%E3%82%AC%E3%83%AB

この考え方をストレス無害説とも言う。ポジティブシンキングの理論的背景の一つとされる。

また、ストレスと病気の因果関係も明確になっていない。例えば、近親者を亡くした者の死亡率が高いことは良く知られた事実であるが、近親者を亡くした者の癌の発生率が高いことは立証できなかったとする研究もある。ストレスが免疫機構に影響するとすると、病気に掛かりやすくなっている筈であるが、その証明は今後の研究結果を待つ必要がある。


ストレス脆弱性モデル

ストレス脆弱性モデルは、精神疾患を説明するモデルであり、定説となっている。このモデルでは、ストレス反応は受け手によって異なり、ストレスの影響がこれも受け手によって異なる一定水準を超えると障害になるという考え方である。この障害をアロスタティック負荷と呼ぶ。

  • 気質と体質が人の精神障害の発症しやすさ(susceptibility, 感受性)となる。この障害となりうる気質と体質を合わせて脆弱性(vulnerability)という。

  • 良好な人間関係、または高い自己評価などは、ストレス源からの影響を弱め、また、精神障害の影響を予防、抑制する。これを保護因子という。

  • 同じ人でも、精神障害を発症しやすい期間がある。この期間を「脆弱性の窓」(window of vulnerability) と呼ぶ。(windowは建築的な窓ではなく期間を表す。)

  • Wikipedia: ストレス脆弱性モデル


ストレス対処を促進するには?

ストレスコーピングとは?

ストレスコーピングとはストレスに対処することである。市井で一般的に使われるストレス解消という言葉は、蓄積されたストレスをなくすという印象があるが、ストレス対処(コーピング: coping)には事前に極度のストレス反応を予防したり、抑制するという概念がある。

厚労省によると、ストレス対処(コーピング)は、問題焦点コーピングと情動焦点コーピングに分けられる。(▶e-ヘルスネット) 問題焦点コーピングは、ストレス源に働きかけストレス源に変化を促すことにより問題の解決を図る方法である。情動焦点コーピングは、悩みを打ち明けたり、認識を変化させたりすることで、ストレスを受けた側の感情を変化させストレス反応の軽減を図る方法である。この分類は米国心理学者 Lazarus & Folkmanの研究を元としている。坪井康次医師によると、上記の2分類に加えて、認知再評価型コーピング / 社会支援探索型コーピング / 気晴らし型コーピング があるという。(▶ストレスコーピング —自分でできるストレスマネジメント— 坪井康次)


ストレス対処アプリケーションの紹介

このような対処法(コーピング)を支援するものとして、どのようなシステムが可能であろうか。坪井医師の分類を元に、情報技術(IT)分野での実装例を以下にまとめた。


  • 問題焦点コーピング

    ストレス源に働きかけストレス源に変化を促すことにより問題の解決を図る方法である。配置転換など、ストレス源ではなくストレス環境に働きかけ、変化を促す方法も含む。

  • 情動焦点コーピング

    感情を表に出し、聞いてもらうことでストレス反応の軽減を図る方法。

    • SELF: 悩みやストレスについて人工知能(AI)と会話しながら、聞いてもらえるアプリ

    • KOKO: 悩みを投稿すると、匿名のユーザからの応援や解決方法といった返信が受けられるシステム

  • 認知再評価型コーピング

    ストレス源に対する考え方や発想(認知)を変える方法。

  • 社会支援探索型コーピング

    他者に相談したり、助言を求めたりする行動。他の対処法(コーピング)の入り口となる場合が多い。

    • Simple Habit: ストレス対処の専門家がつくったオンラインコンテンツをユーザに提供するマーケットプレイス

  • 気晴らし型コーピング

    いわゆるストレス解消法。ストレス源とは直接関連しない行動を行う。

    • Moodrise: リラックス効果や気分を上げる画像、映像などを提供し、脳内の神経伝達物質を増加させ、精神状態を改善するアプリ


ポジティブコーピング / Proactive Coping Theory

前述のストレス対処法(コーピング)はいずれも既に発生した事象に対し、改善や緩和を促すものである。これに対して、ネガティブな事象に対し、個人がどう立ち向かい、克服していくかに焦点を当てた「Positive Coping: ポジティブコーピング」が提案されている。ポジティブコーピングは、心理学会での Positive心理学の流れを受けている。Positive心理学については別稿にまとめた。


ポジティブコーピングの代表的な理論が、R.Schwarzerの「Proactive Coping Theory(能動的コーピング理論)」である。同氏によれば、ストレス発生の時機(未来、過去)、未来のストレス発生の確度でコーピングは4つに分類できる。

確実
Reactive Coping

(対処的コーピング)
既に発生したストレス事象に対して対処する。

Anticipatory Coping

(予測コーピング)
まだ発生していないが、発生する確度の高い事象の防御、回避などを行う。

Proactive Coping

(能動的コーピング)
将来予想されるストレス源に対し、個人的な挑戦とみなし、克服していく。

過去 + 未来
Preventive Coping

(予防的コーピング)
確度は低いがストレス源となりうる事象に対し、日頃の行いで発生時の影響の軽減、発生そのものの回避を行う。

不確実


ストレスの測定/評価方法

主観評価: SACL(Stres Aroussal Check List)

ストレスを実際に測定・評価する方法にはどのようなものがあるだろうか。ストレス測定法は主観評価と客観評価に大別される。主観評価は対象者に質問票への記入を依頼し、結果を評価するものである。代表的なものとしてSACL(Stress Arousal Check List)を以下に紹介する。


ストレスバイオマーカー(唾液)

客観評価としては、まずストレスバイオマーカーを使う方法がある。ストレスバイオマーカーとは血液・尿・唾液・毛髪・爪等、生体反応あるいは生理的反応としてストレスの活性物質を調べる方法である。最もよく使われるのが唾液中の活性物質を調べる方法である。この方法は医療、医学の分野でも使われ、他の評価・測定方法を開発する際に比較参照されることも多い。


心拍変動(HF/LF)

生理学的な活性物質ではなく、心拍からストレスを測定する方法もある。心拍変動へのHF(高周波)の変動波とLF(低周波)の変動波の現れる大きさの変化により、交感神経と副交感神経の緊張状態のバランスを推定するという方法である。詳しい算出法については以下のサイトが詳しい。


心拍からストレスを測定する具体的システムとして、当プロジェクトとも縁が深いWINフロンティアのCOCOLOLOと、ストレスとは若干異なるがアスリートの緊張感・リラックス感と競技成績を調べた研究を紹介する。

本研究では、ウェアラブル心拍系からの値を基に自律神経系活動評価指標である LF/HF をスマートフォンで解析し、緊張度とリラックス度を算出するものである。結果として、緊張感の中の程よいリラックス感が競技結果に良い影響を与えることが分かった。

非接触型(顔画像/表情/声/顔面皮膚温)

前述の心拍HF/LFを使った手法は、いずれもセンシング精度確保のため、接触型のものが多い。以下に非接触のストレス測定法の例を紹介する。


最後に当プロジェクトから画面皮膚温の変動を用い、ストレスを含む感性情報を検出する手法を紹介する。

心臓血管系・温熱系指標に基づく 感性計測・モデリング 野澤研

従来、生理指標を用いた感性計測は、①計測機器装着時の身体的/心的ストレス、②背景的/長期的な生体情報評価が困難、③個人差の扱いが不定等の問題があった。

本研究では赤外線サーモグラフィを用いた遠隔・無意識・ ストレスフリーな生体・感性情報計測技術を提案。

  • 鼻部など特定部位の温度変動には依存せず 顔面全体の温度分布パターンを特徴量とする

  • 可視画像計測では困難であった背景的/ 長期的な生理心理状態の評価が可能

  • 個人性を考慮した個別適応モデルが前提

本技術は、商品・製品の使用感、CM等の映像・書籍からのユーザが受けるの感情・印象の定量的評価などへの応用が期待される。

電子書籍、照明、食器洗い洗剤、 次世代テレビ開発、車載機器開発、フェイシャルマッサージ器等の研究実施例多数。


Well-Being Glossary Index


最終報告書
保育園のシステム化に向けた課題