『マネジメント・ゲーム』とは
(青山マネジメントレビュー 第2号 2002年10月に記載)
青山学院大学
国際マネジメント研究科
助教授 岩井千明
青山学院大学 国際マネジメント研究科では、明日のビジネスリーダーを育成するためのグローバル企業の国際経営管理分野に特化したカリキュラムを用意しているが、その一つに米国カーネギー・メロン大学と国際合同授業で行うマネジメント・ゲームという企業経営のシミュレーションプログラムを1992年から提供している。ここでは、カリキュラムの位置づけ、概要について紹介したい。
本プログラムの位置づけはMBAの学生のためのCapstone
Courseすなわちまとめのコースである。1年次に主としてマーケティング、ファイナンス、アカウンティング、マネジメントなどの機能分野別の科目を学ぶわけであるが、これらのここの科目をどのように組み合わせて実践の場で適応させるかという場として位置づけている。その特徴としては、教員が講義して学生が学ぶという従来型の学習方法とはまったく異なり、学生たちが自らの知識・経験を発揮して相互に協力し、米国、ヨーロッパ、アジアなど海外のMBAの学生のチームと競争するというプログラムであり、我々はこれを「グローバルアクションラーニング」と名づけている。
マネジメント・ゲームの概要であるが、MBAの学生が4ないし5人一組で腕時計を生産・販売するグローバル企業を2年間経営するというものである。ライバル会社は4社あるが、いずれもカーネギー・メロン大学他のMBAコースの学生の会社である。学生たちは社長ないし副社長のポジションを与えられて、向こう2年間の経営を委託された執行役員となる。社内のポジションや組織の決定はすべて学生たちの判断と責任の元に自由に行うことができる。各社とも日本、中国、アメリカ、メキシコ、イギリス、ドイツという6つのマーケットに対して普及品と高級品の二種類の腕時計を現地通貨で販売を行う。同様のライバル会社とあわせて5社で競争し、ROE,ROA,ROS,マーケットシェア、株価等々の数字上の経営指標と後述する取締役会における第三者からの人的評価、さらにはメンバー間の相互評価の総合点で順位と学生個々の成績が決定していく。
今年度の場合は米国、日本、中国、アルゼンチン、ウクライナ、チリの6カ国から約500名(計95社)のMBA学生が参加し、19のグループに5チームずつがランダムに割り当てられている。
ゲームの流れとしては次の通りである。まず、4月にチーム編成を行う、社長希望者は立候補の上自社のビジョンや組織についてプレゼンテーションを行う。そして社長は学生間の投票によって選出される。決定後直ちに社長はドラフト方式で自社の社員を指名していくが、人事において問題があった場合には社長と教員とで調整が行われる場合もある。どのような人材を採用し、どのような組織を作るかという組織作りを経験することができるが、希望に沿わない人事が行われた場合にはその調整に苦労することもある。
5月6月には主としてデータ分析ならびにマーケティングプラン、および向う二年間の経営計画書の作成に当てられる。またこの間に労働組合との賃金等の労働条件の交渉も行う。経営開始に当たって学生たちは過去数年間の自社ならびに他社の生産・販売・ファイナンスに関する数十項目にわたるデータを渡される。ここでは統計分析やマーケティング、アカウンティングなどのスキルを駆使してデータの分析を行うとともに、具体的に会社のミッションを定め、経営戦略の策定、財務諸表類の作成、取締役に対するプレゼンテーションの準備を行う。作成する文書類はすべて英語であり、市場の概要、競合分析、自社の強み弱み、会社のミッションを勘案しながら、具体的な経営計画を練っていく。
7月は最初のボードミーティングが行われる、ここで各チームは向う2年間の経営計画を外部取締役たちにプレゼンテーションを行い承認を得なければならない。外部取締役は本学の教員、企業の取締役経験者、本学の卒業生などで構成され1チームにつき5名であるが、いずれも経営理論に優れ実際のビジネスの経験も豊かな方々である。取締役たちは個々の学生のプレゼンテーションやビジネスプランについて精査し、質疑応答を行いながら会社の経営戦略を株主代表という立場で厳正に評価していく。また同時に学生個々の「人事評価」を行い、ボーナスや給与水準も含めその評価結果もすべて学生に公表される。通常は3時間程度を予定している会議もしばしば時間が5時間に及ぶことも稀ではない。また、取締役会で承認を得られない経営計画は再提出を求められることも多い。ボードミーティングは初年度の経営が終了する9月に第2回、2年度の経営が終了する10月に第3回がそれぞれ開催される。
8月の最終週から10月にかけて本格的な「ゲーム」が始まる、前述したようにカーネギー・メロン大学ほかMBAの学生が作った95の会社が、2年間(8四半期)の経営データを週に1回ないし2回ホストコンピュータに定められた締め切りまでに送信する、そうすると24時間以内に経営結果のデータがホストコンピュータから返信され、学生たちはそのデータを基に自社計画の見直しならびに市場の分析を繰り返し行うのである。 入力項目は販売、生産、財務に関連する項目で計60ある。また、出力項目は自社ならびに他社の販売データ、生産コスト、財務諸表などである。この間に第2回目、第3回目のボードミィーティングがそれぞれ実施される。この時期は会社の経営とボードミーティングへの対応で学生たちは忙殺されるのである。多くの学生は、昼間は仕事を持っており効率的な時間配分と意思決定、そして予想外の事態が発生した場合のコンティンジェンシープランの策定をこの間に学ぶこととになる。
すべての会社の株価はゲーム期間中ほぼ毎日インターネット上に公開される。ゲームの重要な指標として自社の株価を上げる必要があるため、各チームはインターネット上に投資家向けの広報サイトを構築して、自社の営業活動や成績について逐次報告を行う。学生は自分の給料およびボーナスを使って、他社の株式の売買を行うこともできる、こうやって最も多くの運用益を得た学生は成績優秀者として認められる。このように投資家に対する営業活動の報告の方法や他社の公開情報の分析を投資家の立場で行うことも可能となっている。
10月の第3回目のボードミーティングと11月の株主総会をへてこのゲームは終了となる。第3回目のボードミーティングでは3-5年先の中期経営計画をゲームのルールの枠を超えて策定し、会社がどのように発展していくべきかについて議論し、11月の株主総会では学内の他チームの経営報告を相互に学び、これまでの活動を総括することを目的として、本学内部の最優秀チームを決定する。
このように、一定のルール上の制約はあるものの、約半年の間に学生たちはゼロから会社を立ち上げて、経営計画を作り、株主利益を代表する取締役会の承認を得た上で、ライバル社と競合するという一連の流れを学ぶことができる。
さて、このカリキュラムの目的はいくつかあるが「明日のビジネスリーダーの育成」という視点で見た場合以下の特徴がある
1.
学生たちが「経営者」として実務を経験できる。
MBA学生の多くは30歳前後の社会人あるいは実務経験の少ない学部卒業生であり、実際に企業経営に携わったものはほとんどいない。我が国の社内育成システムでは関連会社の役員として「企業経営」を実際に経験できるのも多くの場合40歳以上からではなかろうか。また、若くしてベンチャー企業を立ち上げる場合においても、事前に会社経営を経験しておくことは開業後のリスクを身をもって味わうことにより有益であると考えられる。
2.
異なる経歴を持った学生たちによる組織つくりを経験できる。
学生たちは異なる企業の異なる職種から構成される。実際に一緒に仕事をしてみると各人固有の企業文化や価値観の差異が意外なほど大きく、チーム内部で軋轢が起こることもしばしばである。しかし、異業種との連携や海外企業との提携がより必要になっている昨今、このような状況下で如何に有効なチームを運営していくかという能力をゲームに参加することによって高めることができるのである。また、機能別組織か事業部制か、意思決定のプロセスをトップダウンにするかボトムアップにするかなど、組織の最適化を実践で試みることも可能である。
3.
米国をはじめ世界のチームと直接競争を体験できる。
このゲームのライバルはすべて「外国企業」であり戦略や行動様式も日本企業とは異なる場合が多い。実際にゲームを通じて他国のMBAの学生チームと切磋琢磨することによりグローバルな競争を体感することができる。当然全ての資料は英語であり、ファイナンスやアカウンティングといった数字やデータで議論を戦わせることもグローバル型ゲームならではの特徴である。
4.
ボードミーティング用の資料作成とプレゼンテーションを経験できる。
外部取締役は学生たち以上にこのカリキュラムに対する情熱を持っている方々にお願いしている。彼らはそれぞれ戦略、ファイナンス、マーケティング、生産のプランを精査するだけでなく、社長のリーダーシップ、チームワーク、コンティンジェンシープランなどについて徹底的に質問を行う。彼らの立場は「株主利益の最大化」であり、あいまいな説明や矛盾点があれば容赦なく資料の再提出を求めるのである。このプロセスを経て学生たちは第三者に如何に自分たちのプランを納得してもらえるか、どのように質疑応答に対応すべきかといったプレゼンテーションスキルを学ぶことが可能となる。
5.
データに基づいた科学的な分析を経験できる。
学生に与えられるのは数十項目に渡る、マーケティング、ファイナンス、生産にかかわる自社ならびに他社の過去数年分の数量データである。これらのデータをどのように分析し実際の経営に結び付けていくためには、「感覚的」ではなく「科学的」な分析と議論が行われる必要がある。大学院で学んだ専門分野の理論を実務の場で生かすトレーニングとなるのである。
このようにマネジメント・ゲームはグローバルアクションラーニングと呼ぶべききわめて実践に近いプログラムである。