20057

拡大・多様化するネット通販と変化する消費者の立場                        

青山学院大学 

国際マネジメント研究科 

岩井 千明

 

1.     はじめに

インターネットを利用した通信販売すなわちネット通販は量的にも質的にも拡大している。この分野は通信環境の整備、情報技術の発達、参入費用の低下により従来にないサービス提供者が参加し業者間の競争も激化している。ネット通販の普及により消費者は従来の受身の立場から自身が自由に商品や価格を選択できる幅が広がり大いにその便益を享受することができるようになった。一方で選択の幅が増えたことにより一旦トラブルに巻き込まれた場合、従来のカタログ通販よりも解決が困難な場合も多くなっている。また技術情報の非対称性や匿名性を利用したネット犯罪に巻き込まれる危険も高まっている。消費者もこのようなネット通販のリスクを認識し自身で問題を解決しなければならない状況である。

 一方ネット通販サービスに関わる組織・個人は多岐に渡りその役割も細分化している。ネット通販に関わる業界のリーダーはお互いの立場や価値観の違いを認識しながらも、ネット通販が消費者から信頼を得られるサービスになるよう方向付けしなければならない。

 

2.     拡大・多様化するネット通販

資料1に見られるようにネット通販は2005年度3.5兆円から2009年度では5.5兆円に拡大が見込まれている。拡大の背景としてはインターネットの普及があり平成16年度インターネット世帯普及率(総務庁 20055月)は乗用車、ルームエアコン並みの86.8%300人以上の企業では98%に達している。

 携帯電話を利用したネット通販(モバイル通販)では物販に加えて音楽・ゲームなどのデジタルコンテンツへ拡大している。資料22003年度のネット通販を含むB to C ECのセグメント別構成比、資料3はモバイル通販のそれを表しておりサービスの内容が大きく異なることが判る。またモバイル通販の年間利用回数では1位着メロ・ゲーム 5.9回 2位有料ニュース5.3回 3位通信販売 3.8回である。(出典:モバイル通販に関する実態調査2005 日本通信販売協会 20054月)

 

 

ネット通販の拡大の理由はその多様性にある。いくつかの側面からまとめるとまず第一にサービス提供者の多様化である。従来型の通販がネット通販へ拡張したケースに加えて、メーカーや卸業者が新たに参入してきている。さらに個人事業主もふくめて新規にネット通販に参入したケースも多く見られる。

 第二に商品の多様化である。従来型の物販に加えてチケットや馬券、旅行、ホテル予約、株式、保険などの無体財提供サービスも広義のネット通販に含めることができる。また着メロ、ゲーム、ニュースなどのデジタルコンテンツの流通も拡大している。

 第三に販売形態の多様化が指摘できる。従来型の売買に加えてオークションや共同購入という今までになかった売買の方法が利用できるようになった。また不動産や自動車に見られるように最初はネットで検索してその後は対面の取引となる複合型の売買も多くなっている。

 これらの多様化の背景としては関係プレイヤーの多様化と情報技術の発展が指摘できる。ネット通販に関係するサービス提供者は直接的な売り手だけでなくメルマガ、ポータルなど情報提供者、携帯電話会社やインターネットプロバイダーなどの通信業者、クレジットカード、オンラインバンク、個人間決済、プリペイドなど多様な決済手段を提供する金融機関、代引きやエスクローサービスを提供する宅配業者などそれぞれが独自の新たなサービスを提供しよりバラエティーに富んだものとなっている。また、情報技術の多様化、発展によるデータの流通量の増加、高速化、低コスト化がより一層のこの分野への参入を促している。

 このようにネット通販というサービスを認識するに当たり成長の速度が速くかつ変化が非連続に多くの分野で起こっていることから「ネット通販」と言う言葉が表す内容もその時々で変化していくという認識が重要である。統計資料やデータの数字の持つ意味も異なっている可能性が大きく、従来の一つの産業やサービスを枠にはめてその変化を予測していくという手法も容易ではない。例えば今現在でもパソコンにテレビ機能を持たせたり、携帯にカメラや音楽プレイヤーを組み合わせたりなど複数のサービスの組み合わせも促進されていて消費者の行動様式も「ながら族」が珍しくなくなっているため多くのサービスが重なり合ってきている、消費者から見れば今受けているサービスが一体誰がどのように提供しているものなのかを認識しにくくなってゆく。ネット通販が短期間で急成長したことや技術革新の激しいハードウェア、ソフトウェアの操作を伴うことからこれらのサービスを利用できる消費者と利用できない消費者の情報格差は大きい。携帯電話など比較的操作が簡単なサービスが普及してきたことで格差が少なくなることもある一方で技術革新は非連続で起こる場合も多く消費者はその都度新たな技術に対応しなければならず新たな格差を生む可能性もある。

 

 

 

 

 

資料1 国内IT市場予測

 

 

 

単位:億円

 

2004年度

2005年度

2009年度

インターネット広告

1,730

2,180

3,170

BtoC EC

28,800

35,600

55,100

ネットオークション

10,800

13,400

20,800

オンラインゲーム

770

1,070

2,000

電子書籍

40

90

410

音楽配信

80

190

880

映像配信

240

450

1,890

eラーニング

810

1,110

1,660

出典 野村総合研究所 20051月から抜粋

 

資料2                                                                          資料3

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                                    出典 情報経済アウトルック2004 経済産業省ほか 20046

 

 

3.     ネット通販が消費者に与える便益と負担すべき費用

 ネット通販はいつでもどこからでも利用できるという従来の通信販売の時間と空間の制約を大幅に緩和したし、扱う商品も物販に加えてゲームや着うたなどのデジタルコンテンツの配信も可能となった。即ち消費者から見れば店舗や商品・サービスの選択肢が豊富になったわけである。ネット通販がこれほどまで急速に拡大した理由の一つがネット上での情報入手の容易さと安さである。検索エンジンや価格.comなどの情報サービスのおかげで消費者は大きく情報探索に関わる費用と時間を削減できるようになった。またAmazon.comの書評に代表されるように供給側ではなく消費者側からの商品に関する評価も簡単に入手可能になった。これらの情報により消費者は同じものならより安価のものあるいは自分の好みにより合った商品の選別が可能となった。また前述したとおり新たなサービスや商品選択の幅が増えてゆくことも大きな便益である。

 さらに、ネット通販ではオークションに代表されるように消費者である個人が容易に売り手になったり情報提供者になったりすることを可能としている。自らのブログやメールで商品の紹介や評価を行うことも当たり前になり、ある時は情報やサービスを受動的に消費している個人が同時に個人事業主として商品を販売したり情報提供者になる能力を獲得したりしているのである。受動的な消費から能動的な消費への移行と呼ぶことができる。

 このように多くの便益と更なる可能性を与えてくれるネット通販であるが消費者は新たな費用を負担しなければならない。それは新たな能力を獲得した代償として支払うべき費用である。例えば多くの選択肢があるということはそれだけ情報も多く情報選択の費用を負担しなければならない。

 また一旦なんらかのトラブルが発生するとその処理には従来の通信販売より多くの手間がかかる場合が多い。大手の専業の事業者が中心の既存の通信販売は事業者側から見ても顧客満足度の向上やクレーム処理の費用削減が他社との競争では重要な要素である。従って大半の事業者が効率的なトラブル処理のシステムを確立しており消費者は決められた手続きに沿って自ら比較的容易に処理を行うことが可能となっている。ネット通販においてもこれらの事業者との間に発生したトラブルは同様の効率的な処理が期待できる。しかし前述の通り、新規に参入してきた事業者、オークションなどに参加している個人(個人事業主)の中にはトラブル処理に不慣れなものも多く買い手も売り手も共にトラブル処理に一層の手間を要したり結局解決が出来なかったりする可能性も高くなる。またネットオークションにおいては消費者自身が売り手になりトラブルが発生した場合は加害者になってしまうリスクも勘案しなければならない。

 更に、ネット通販は多様化したプレイヤーがばらばらの機能(「モジュール」)の集合体として一つの取引に関わってくる場合も多い。例えばインターネットポータルページを開いて検索エンジンでネット通販業者を見つけ、電子メールで注文し、製品そのものの保証はメーカー、輸送中の保証は宅配業者、支払い決済はオンライン銀行といった具合で消費者は何らかのトラブルが発生した場合に自身で問題の所在を見つけ出しふさわしい相手と自ら交渉しなければならない場合が増えてくる。そのような場合全ての情報を把握しているのは当事者である消費者自身しかいないことも多く、解決に費やさなければならない時間や労力は少なくない。ネット通販の場合は非対面の販売であるから交渉も電話やメール、ファックスなどの通信手段を介することとなり、返品、返金の手間も容易ではない。

その上、ネットの匿名性やあらたな情報技術を悪用したネット犯罪は増加の一途をたどっている。犯罪はより巧妙かつ悪質になっていて一旦巻き込まれると解決はネット通販に精通している消費者でも容易でない場合が多い。

 

4.     ネット通販関係者の情報共有の必要性

 今まで見てきたようにネット通販は今後も量的にも質的にも拡大して行き消費者として得られる便益は大きい。しかし同時に消費者はあらたな費用を負担しなければならない。   消費者保護の努力は関係者が努力を続けており成果も上がってきているものの、ネット通販の多様化は時としてそういった努力を上回る速さで進行している。

 安心してネット通販を利用できる体制作りが重要となるが、関係者が多様化・モジュール化が進行する状況で単一の組織がその全容を捉えることは簡単ではない。

重要なのは関係者が情報を持ち寄ってネット通販の現在ならびに近い将来への共通の地図を作る作業である。ここでいう地図とはそれぞれのモジュールの関係とそこで行われているネット通販の情報の流れ、モノやサービスの流れ、カネの流れの関係を記したフロー図である。ネット通販に関わる販売業者、通信会社、仲介業者、メーカー、輸送業者、金融機関、政府、地方公共団体、NGO, 悪意ある業者、学校、海外からの犯罪、個人(ブログ、オークション、個人間決済)などがありそれぞれが持っている問題意識やノウハウは同じではなく、時には利害が衝突する場合もある。この地図作りの共同作業を通じて異なる関係者が相互の役割と関係を認識しあいながら共通認識を深めることになる。そしてネット通販の信用の構築へ向かっていくことになるであろう。地図作りのためには関係者が互いに情報を共有しあい議論できる場の構築と絶え間ない変化に対応できる活動の場が必要となってくる。このような場の提供には関係官庁はもとより消費者保護団体のリーダーシップに期待したい。そしてその地図に基づいて問題解決のための判りやすい道案内を行う機関が必要である。ネット通販自体の拡大傾向は明らかなのであるから健全かつ信用のある産業へと育成していく関係者の情報共有の持続的な努力がより一層必要となる。