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(Amazon.comを事例とした取引費用理論による分析)
岩井 千明
A comparison of Internet retail shopping and traditional retail shopping
(Transaction cost analysis of Amazon.com)
Chiaki Iwai
e-ビジネスは、地理的制約や実在店舗の運営費用が要らないため、要求に応じてほぼ無限のコンテンツを提供し、リアルタイムに反応や変更が可能である。これまでの小売やカタログ販売に対して、この新事業は費用構造を変えはじめている。e-ビジネスは、単に実在店の代替を提供するだけではない。それ以上に既存市場を拡大したり、新市場を作り出したりしている。これを受けて、既存の実在店舗をもつ企業も電子商取引を無視できなくなり自らオンラインショップを開設しはじめている。
ではどのような経済合理性をもって、インターネット上の小売業は発達しているのであろうか。本稿では取引費用理論を用いながらインターネット上で行われている、小売の電子商取引をAmzon.comの諸活動を中心に分析し、従来の小売業の相違点やその特徴を明らかにしていく。
(Abstract)
Freed from the geographical confines and costs of running actual stores, such firms could deliver almost unlimited content on request and could react and make changes in close to real-time. Compared to traditional retail or catalogue operations, this way of conducting business is changing cost structures. The emergence of these e-business has made their actual competitors consider their own e-commerce strategies, and many now operate their own online stores.
What economical rationality realizes such a rapid growth of retail online shoppers? This article analyzes online shopping of Amazon.com business activities by using transaction cost theory and clarifies the difference between online shop and traditional retail shop.
なぜ、インターネットにおける流通業が革命的で既存の流通形態を変更させる可能性を秘めているのか、米国商務省レポートである「ディジタル・エコノミーU」によると電子商取引の売上は、経済全体の規模に比べれば小さいが、その発展は驚くべきスピードである。しかし売上額より印象的なのは、電子商取引が可能にした新事業プロセスとビジネスモデルの形成である。新しいインターネットベースの企業も、伝統的な財・サービスの生産者もともに,コスト削減、顧客サービスの改善、生産性上昇のために事業形態を電子商取引に転換し始めている。
e-ビジネスは、地理的制約や実在店舗の運営費用が要らないため、要求に応じてほぼ無限のコンテンツを提供し、リアルタイムに反応や変更が可能である。これまでの小売やカタログ販売に対して、この新事業は費用構造を変えはじめている。e-ビジネスは、単に実在店の代替を提供するだけではない。それ以上に既存市場を拡大したり、新市場を作り出したりしている。これを受けて、既存の実在店舗をもつ企業も電子商取引を無視できなくなり自らオンラインショップを開設しはじめている。
ではどのような経済合理性をもって、インターネット上の小売業は発達しているのであろうか。本稿では取引費用理論を用いながらインターネット上で行われている、小売の電子商取引をAmzon.comの諸活動を中心に分析し、従来の小売業の相違点やその特徴を明らかにしていきたい。Amazon.comの創立は1994年で、1997年に株式を公開している、本社は米国ワシントン州シアトルである。当初はオンライン書籍販売でスタートしたが、1998年にCD、ビデオ販売などに業務を拡大、1999年からインターネット上のオークションや玩具販売などもはじめている。また、1998年から英国とドイツにもビジネスを展開している。
ある商品の売り手と買い手を想定すると、買い手はこの商品に一定の金額を支払ってよいと考えていて、売り手は一定の金額を得られればこれを引き渡してもよいと考えている。買い手が支払ってよいと考える金額のほうが大きければ、取引により双方が利益を得ることができる。これが交換の利益で、双方がお互いの存在とそれぞれが考えている金額を知っていれば、両者は取引に合意し、交換の利益が生じる。しかし現実には、買い手は自分がほしがっている商品の売り手を、売り手は自分が販売している商品の買い手を互いに探すことからはじめる必要がある。すなわち双方にお互いの探索のためのコストが発生する。
買い手はさらに売り手が提供している商品が本当に自分が支払う価格に見合うだけの品質の物か判断する情報を持たないかもしれない。このような状況を取引費用理論によれば、「情報の非対称性」と呼んでいる。情報の非対称性は意思決定者としての人間が持つ制限された合理性(Bounded Rationality) すなわち、「意図的には合理的であるが、制限された程度しか合理的ではありえない」ということにより生じるのである。また、せっかく良い品質の商品の売り手に出会っているのに,悪い品質の商品ではないかと疑って取引が成立しない場合がでてくる。商品の売り手に情報が偏在し、そのため良質な商品の取引が成立しなくなることを、逆選択(adverse selection)という。
単なる情報の偏在だけでは逆選択の問題は起きない、買い手は実際に良質の商品を販売している売り手を探し出し取引を行えば済むからである。情報の非対称性に加えて、情報を得るために高いコストをかけなければならない上に、少数の悪賢いやり方で自己利益を追求しようとする機会主義的行動が起こった場合に問題が発生するのである。すなわち、売り手が機会主義的行動をとった場合、悪い品質の商品の売り手も良い商品と偽って利益を得ようとするから、買い手は商品の品質に確信が持てなくなるし、他に代替できる売り手がいなければ取引を継続することができなくなるからである。
このように、売り手の品質を偽って売り込みを図ろうという戦略的行動と、それをチェックできない買い手側の情報不足の両方があいまって問題を引き起こすのである。
通信販売を想定すると、取引が行われた後でも問題が残る。物品の引渡しが取引の後で行われるため、契約どおり商品が引き渡されるかの保証がない。買い手は遠隔地にいる売り手の行動を確認したりクレームをつけたりするのが難しいため、売り手の怠業を招く可能性もある。このため買い手はそもそも取引を最初からやめてしまうかもしれない。これは「モラル・ハザード」と呼ばれる問題である。契約どおりの品質のサービスが供給されるかどうか買い手側で確認するのが難しいので、売り手の機会主義的行動を抑制することができないのは「逆選択」と同様であるが、取引の後に生じる点が異なる。
売り手と買い手の取引を考えるときに、双方が十分な情報を持っていない場合と、お互いの機会主義的行動とがおこると。取引上の3つの問題すなわち、取引に相手探索や商品に関する情報収集のための費用、逆選択による取引の妨げ、取引後のモラル・ハザードが生じる。これらの問題を解決するために売り手と買い手双方が負担しなければいけない費用を「取引費用」と呼ぶ。
また、「取引費用」(transaction cost)よりインターネット上の取引にふさわしい表現として、「インタラクションコスト」(interaction cost)という言葉を使用する場合もある。*2 取引費用が主として企業間、あるいは企業と顧客の間で正式に交換される財やサービスにかかわるコストをあらわすのに対して、インタラクションコストはこのようなコストに加えて、アイデアや情報を交換する際のコストまでも含めている。インタラクションという行為は、企業内、企業間、企業と顧客の間などどこでも行われていて、例えば会議や仕事の打ち合わせ、電話での会話、報告書やメモの作成といった日常業務でも起こりうる。情報の取引は通常の価格メカニズムで処理するのは困難である。情報、あるいは取引費用削減の対価は、それ自体として価格づけられず、財貨の移動に際しての流通マージンとして支払われる。
インターネットにおける商取引はまず、B to C(Business to Consumer)といわれる小売のビジネスを中心に発展した。特にネットワーク上の取引であっても品質の確認が困難でない商品(書籍、音楽CD、株式や投資信託)を中心に発達した。例えば、米国の代表的なインターネット小売業者で、書籍、CD、ビデオなどを販売しているAmazon.comの売上高の変遷を見てみると、1996年 15.7百万ドル、 1997年 147.8百万ドル、 1998年 610百万ドル、 1999年 1,639.8百万ドルと年々数倍の売上の伸びを示してきている。*3 (Amazon.com annual report 1999 *4)
このAmazon.comを取引費用理論で商品の特性、既存店舗との比較ならびに反復的な購買の有無による比較の分析を行う。
まず、売り手と買い手との情報の非対称性について考えてみたい。Amzon.comが取り扱っている商品は主として書籍やCDなど買い手が直接手にとって品質を確認しなくてもよいものである。同じオンライン販売であっても、例えば身につける衣服を例にとると、色合いやサイズなどは微妙に異なりインターネット上だけでは完全にその情報を得ることは困難な場合がある。5
これに対して、書籍やCDは、内容さえ合致していれば品質はどこで買っても同一である。また、買い手は(必要であれば)近くの本屋やCDショップで直接本物を手にとって確認することもできる。一般的に書籍やCDは買い手の好みが強く反映される商品であり、あらかじめ買う対象の物を決定した後に購入するものであるから、売り手側のみに情報が偏在する場合は少ない。すなわちCDや書籍に関しては買い手の情報の不確実性は少なく、売り手とほぼ同等ないしそれ以上の情報をもっている場合が多いと考えられる。
また、売り手側の機会主義的行動についても、CDや書籍は稀少品を別とすれば、売り手が機会主義的行動をとって高い価格で販売を試みても、買い手は容易に他のインターネットもしくは近くの実在のショップでその価格を確認することができるし、自分が買おうと思っているCDや書籍をより安く売っているようなショップから簡単に購入することができる。結果的に、そのような機会主義的行動をとる売り手は直ちに市場から退出せざるを得ないであろう。また、仮に最初は売り手の機会主義的行動により比較的に不利な条件で取引をしてしまった買い手であっても、いったんそのことに気がつけば別のオンラインショップで買い物をすることが出来るわけであるから、同じように高値で買いつづけるといった過ちは繰り返さないであろう。Williamsonは次のように述べている、「たんに機会主義的な傾向を潜ませているというだけでは、市場が欠陥をもっているということにはならない。さらに、少数性の条件(a small-numbers condition)が支配的となっていることが必要である。もし、この条件がなければ、多数の入札者のあいだの競争によって、機会主義的な傾向は無力化されるであろう。(中略)彼らに敵対的な当事者たちが、競争的な条件が満たされるような取引をアレンジして、とって代わろうとするからである。」*6 以上のことからAmzon.comが取り扱っているような商品は逆選択が起こりにくい特性をもつ、すなわち取引費用が比較的低いということができる。
さて、Amzon.comが取り扱っている商品が比較的取引費用が低いということは以上に述べたとおりである。商品によってインターネット上の流通に比較的適合しているものとそうでないものがあるということが明らかになった。ここでは既存の書店やCDショップとインターネット上の書店との差異について考察してみたい。
第一にAmzon.comのようなインターネット上の店舗の営業は実存の店舗と比べると空間的、時間的な制約がないということである。通常の店舗は買い手が店頭に直接行って、商品の選択を行う必要がある。その場合、買い手は自ら交通費を負担したり移動のための時間をかけたりしなければならない。また、通常店舗が営業している時間帯も10時から20時までなど一定の制約があり、サラリーマンが仕事の後にいこうと思ってもすでに閉まっている場合もある。これに対して多くのインターネット上の店舗はいつでも、どこからでもアクセスすることが可能である。従来は、会社の勤務時間中に買い物を行うことは困難な場合が多かったが、インターネット上の店舗であれば勤務をしながらでも容易にインターネットにアクセスしてオンラインショッピングを楽しむことができるし、近くに適当な店舗がない人であっても交通費をかけずに買い物をすることができる。さらに、24時間店舗が空いているので自分が最も都合のよい時間帯に買い物を楽しむことが可能になっている。時間と空間の制約を取り除いたということ、買い手側のインタラクションコストを節約したことがインターネット上の店舗が既存の現実の店舗に対する比較優位のひとつとなっている。*7
第二に、インターネット店舗のもつ、製品情報の量とその情報検索の容易さである。例えば「ディジタルエコノミーU」によるとAmazon.comの書籍在庫数は470万種類である。これに対して、米国の大型店舗の本屋でも20万種類程度であるといわれている。また、インターネットの検索技術を駆使しているために、購入したい本のジャンルや著者名、書名などさまざまなキーワードを用いて容易に求める本を検索することができる。従来型の店舗で、自分の探している本が見つからない場合は店員を通じて出版元に在庫の確認をして、それから注文をする場合が多かったが、「現在、アマゾン・ドット・コムは本社のある西海岸のワシントン州と東海岸のデラウェア州、ネバダ州、カンザス州、ケンタッキー州(2ヵ所)、ジョージア州に7つの配送センターを持っており、その総面積は30万平方メートルにもなる。購入者が期待している日時までに本を届けるには、ベストセラーを中心に相当数の在庫を持たざるを得ない。この配送センターの配置もいかにしてより早く顧客に本を届けるかを考えたものになっている。」(前川 1999)このように消費者にとっての商品探索にかかわる取引費用を低下させるのである。これもまた、既存の書店に対する比較優位として指摘できる点である。*8
第三に、以上のような大規模仕入れを実現することによる書籍自体の価格の低下を実現しやすいことである。「日本では書籍や音楽CDなどは再販指定をうけているため値引きはできないが、米国では小売店が自由に価格を設定できる。一般の書店でもベストセラーを中心に値引きが行われているが、アマゾン・ドット・コムはほとんどすべての書籍を20〜40パーセント引きで販売している。(中略)これだけ値引率が大きいと、(書籍の価格にもよるが)3ドル(360円)程度からの書籍の送料も含めても定価より安く購入できる。」(前川 1999)これは、取引費用の低下ではなく、商品価格そのものの低下を大量仕入れで値下げを図った事例であるが、インターネット上の店舗の優位性として比較的低コストによる店舗運営も指摘できる。例えば、在庫を各店舗にあらかじめおいておく必要がないので倉庫料、運送料の節約が可能であり、販売員の費用や店舗そのものの不動産賃借料、それにかかわる税金などの諸費用も実際の店舗と比較するとほとんどゼロに近いコストで運用ができる*9。 一方、インターネット上の店舗の場合には低コストで参入でき*10、買い手も容易に別の店舗と価格やサービス内容を比較しながらショッピングできるために、インターネット上の店舗間での競争がより激しくなる傾向がある。
通信販売の場合の問題として、契約成立後に供給が行われるため,契約どおりの供給が行われる保証がないことがあげられる。消費者側ではサービスの供給が正しく行われているかどうかを正確に監視することが難しいため、サービス生産者の側の怠業を招く可能性がある。このため消費者は最初から取引を止めてしまうかもしれないというモラルハザードのリスクが生じる。前にも述べたとおり、インターネットショッピングにおいては取引される物品がCDや書籍の場合には、情報の非対称性や情報を得るための買い手側のコストはむしろ通常より小さくなり、注文を出す(具体的には欲しい商品を指定して、自分のクレジットカード番号を取引先に伝える。) その瞬間までは、むしろ既存の店舗よりも売買が容易で、時間や取引にかかわるコストも節約できる。しかしながら、一旦注文を出した後はどうであろうか、まず物品の引渡しと代金の支払いであるが通常の店舗の場合には買い手は自分が欲しい書籍やCDを自ら棚で選び、現金と交換で物品の引渡しを受ける。この間に売り手の機会主義的行動が入る余地はきわめて小さい。また、物品の品質(乱丁や落丁など)も買い手自身が確認することが出来、万が一不良品であっても通常その場で代替品と交換を要求することができる。また、売り手も現金による支払いは代金回収のリスクは事実上ほとんどなく、クレジットカードによる支払いであっても店頭で顧客のクレジットカードの認証行為および本人による自筆署名を確認することができるので、信用リスクを店舗側が負うことは稀である。
これに対して、インターネット上のショッピングにおいては買い手が物品の引渡しのタイミングは注文後数日たってからという場合が多い*11、例えばAmazon.comの場合、通常の配送を選ぶと4〜8日後には届くと書かれている。また、支払いはクレジットカードによるものがほとんどである。すなわち、店頭における代金の支払いと物品の引渡しが買い手、売り手双方にとってほとんどリスクがない状態で同時に行われるのに対して、インターネット上の買い物の場合は以下のようなリスクおよびコストが発生する。
まず、買い手側のリスクとして、注文後果たして正しく商品が届けられるかどうかということがあげられる、もし悪意を持つ売り手が代金の支払いを受けながら、商品を送らない場合であっても、インターネット上の取引の場合は非対面で買い手の正体がわからない場合が多いのでクレームをつけることはできても商品を届けなおさせたり、代金を取り戻せなかったりする場合もありうる。特に取引が1回に限定されている場合は、そのリスクは増大する。また、そのような問題なく正しく届けられたとしても、配送にかかわるコストとそれにかかわる時間をコストとしてみなさなければならない。 Amazon.comの場合は、翌日配達を希望した場合、追加費用を買い手が負担する必要がある。もうひとつの買い手側のリスクは自身のクレジットカード番号を第三者にインターネットを通じて知らせるということである。悪意がある売り手の場合その番号を悪用して余分に請求をしたり、別の人間に番号情報をもらしたりするかもしれない*12。
売り手側のリスクとしては、悪意のある買い手による架空の注文をチェックしにくいということがあげられる。店頭のように直接買い手の存在を確認できないので、買い手が他人になりすまして不正に入手したクレジットカード番号を用いて注文をしてきた場合であったとしても、通常の注文とみなして商品を発送してしまう。このことにより商品を取り返せなかったり、代金を回収できなかったりするリスクとともに、その注文が正しいものであったかどうかを調査するコストが発生してしまうのである。
このようにインターネット上のショッピングの場合、物品の引渡しと代金の回収のリスクは通常の店舗による対面販売よりも大きくなる可能性がある。
Williamsonは取引のタイプを以下の3つに分類している。「取引非特定的、半特定的と高度に特定的とである。市場は、古典的な非特定的統治機構であり、『面識のない買い手と売り手が…..ある時会って、均衡価格で標準的な財を交換する』(中略) 市場統御は、臨時的および反復的な契約双方の非特定的取引に対する主要な統御機構である。特に市場は、反復的な取引が考えられる時に有効となる。当事者双方がその取引関係を継続することを決定する場合には自己の経験に頼るだけで良く、また、ほとんど移転費用をかけずに別の所に変更できるからである。標準化されているので、おそらく代替的な購入および供給調整は容易に機能することができるのである。」*13 インターネット上でのショッピングの場合には頻度がどのようであっても取引非特定的な市場の統治機構を利用した取引ということができる。また、前述したとおり売り手が機会主義的な行動をとった場合には、買い手は容易に代替的なショップを見つけ取引を開始することができる。
逆に買い手側として反復的な取引を増やすための工夫としてAmzon.comの場合は次のような工夫をしている。「アマゾンはカスタマー・リレーション業務とインフラ業務を混合させた戦略を採っており、ここに照準を合わせている。サイトは使い勝手が良く、選択肢も幅広く、価格も低く抑えられていることから、オンラインショッパーから数多くの信頼を集め、たくさんの取引を獲得している。その結果、アマゾンは顧客一人ひとりの購買トレンド情報を大量に蓄積し、過去の購入履歴に基づいて顧客に本やCDを勧めたりしている。また、クレジットカード番号を含む顧客情報も同様に蓄積しており、ワン・クリック方式などを導入し、購入プロセスの簡素化を図ってもいる」*141999年のAnnual reportによればAmazon.comの反復顧客数は1999年第4四半期の段階で73%となっている、これは1年前の64%から9ポイントの増加である。
これは、オンラインショッピングの特性として買い手、売り手ともに反復的な取引を行うことにより取引費用の削減が可能になってきていることを示している。すなわち、買い手側からいえば同じオンラインショッピングを利用することにより情報探索の方法に慣れより短時間でほしい情報に到達できるし、注文の際もいちいち個人情報を入力する手間が省ける。また、売り手側から言えばクレジットカードの信用確認の済んだ顧客に再度販売することにより、新たな顧客を獲得するよりは比較的低い販売コストで取引を行うことが可能となるからである。*15
本稿では、Amazon.comを中心にオンラインショップを取引費用理論により分析してきた。その結果、小売の商品の中でもまず書籍やCDのように買い手が直接品質をチェックしなくてもよい特性を持った商品が買い手側の取引コストを容易に減らせることを明らかにした。また、既存小売店舗との比較の中で取引をはじめる前の情報探索のコストを大きく節約できる可能性が高い一方で、物品の引渡しや代金の決済ではむしろコストが大きくなりモラル・ハザードが起こる可能性があることを示した。さらに、反復的な取引により買い手、売り手双方の取引費用が削減されていく過程をしめした。買い手が数ある選択肢の中からどの取引を選ぶかはこれら取引費用のトレードオフである可能性が強いといえる。すなわち、CDや書籍のように比較的販売価格が変わらない商品を前提とすれば、買い手側の判断基準は既存店舗とインターネットショップのどちらがその買い手に対して、より低い取引費用を提供してくれるかどうかであるからである。*16
もちろん現在のオンラインショッピングの状況をみれば、取引されている商品は多岐にわたるし、オンライン小売業者自身も単に取引費用の削減のみではなく商品の価格そのものを低下させるためにeコマースを利用している場合がほとんどである。しかしながら、オンライン小売がまずCDや書籍を中心に始まったところをみれば、この商取引が取引費用の削減を大きな動機付けとして発展してきたといえるであろう。*17
インターネットショッピングは新しいビジネスモデルが次々に生まれているが、取引費用の枠組みで分析していくことにより、既存の店舗と比較してその経済合理性がより明快に説明が可能であり、今後も引き続きこのアプローチを用い分析を続けていきたい。
Amazon.com 1999 Annual report (Consolidated Financial data)
執筆者岩井 千明 (青山学院大学国際政治経済学部 専任講師)
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*1 取引費用の理論については本稿では主として以下の文献を参考とした。
*2 Hagel III, Singer 2000
*3 取り扱い書籍の種類の数で「地上最大の書店」であるアマゾン・ドット・コムの95年下半期の売上高はわずか50万ドル強にすぎなかったが、(中略)、99年は間違いなく10億ドルを超えるだろう。(実際は1,639.8百万ドル:筆者注) これは、全米に1000店以上の店舗を持ち米国の書籍市場で12パーセント程度のシェアを持つバーンズ・アンド・ノーブルの売上の三分の一以上に相当する。(前川1999)
*4 別表1参照
*5 もちろん物によっては、eコマースに適さないものもある。(中略) 「体験」というものは、インターネットでは届けられない。たとえ高速回線があっても、衣類やインテリア製品の感触を伝えるのは難しいだろう。それにショッピングが生活の一部として重要であると考える顧客層にすれば、eコマースにほとんど魅力を感じないだろう。(Christensen, Tedlow 2000)
*6 Williamson 1975
*7 たとえば、シャツを一枚買うとしよう。選択肢は無数にある。どれがよいか比較しようとすれば、車を飛ばして郊外のショッピング・モールや繁華街の百貨店を駈けずり回らなければならない。(中略) 消費者は仕方なくメーカーや小売業に頼って、そこで選択された範囲内でナビゲーションしてもらう。 裏を返せば、これらの企業は検索コストの高さにつけ込んで、競争優位を手にしているのである。その際、ブランドや広告宣伝から、販促プラン、顧客とのリレーションシップに至るさまざまなナビゲーション・ツールを編み出して、すべてを見比べる手間を省いてやり、ほしい商品を見つけ出せるようサポートする。つまり、売り手はナビゲーション機能をそれなりに支配していると言える。消費者がだれのたすけもかりずに情報の網の目を渡り歩くことは難しく、コストがかかるからだ。(中略) 対照的にインターネットの世界では、何百万人もの人々が膨大な情報を直接かつスピーディーに、しかも無料にやり取りしている。消費者にとっては、現実世界の場合よりもはるかに広範囲に、そしてわずかなコストで検索することが可能である。また、物理的な在庫や物流とは関係なく、どのナビゲーションを利用するか、どの商品を購入しようかという選択をすることができる。(Evans, Wruster 1999)
*8 財・サービスをディジタルメディアで提供する動きは必ずしも、「すべてかゼロか」ではない。企業は、既存ルートの補完目的でもディジタル技術を用いる。ボーダーズ・グループ(Borders Group)は、「スプロウト社(Sprout)のディジタル・オン・デマンド印刷技術を、ボーダーズ・コムとボーダーズ店に供給する配送センターに設置する予定である。」と述べた。この新技術を(スプロウトは他の書店や出版業にも売り込みをはかっているが)を使えば、本が最終的に消費者に売れてから、それを配送センターもしくは書店でつくることができる。この即座の生産によって、「出版業や書店は本の在庫と配送費用を節約でき、売れ行きの鈍い本も在庫でき、棚にはない本も表示でき、返品のリスクが減る」。(ディジタル・エコノミーII 1999)
*9 オンライン店舗の運営はそもそも資本を大して必要としない。アマゾンは、書籍を購入した途端に代金の決済を行う一方、仕入先には50〜60日後に支払う。
同社は若干の在庫を保有しているものの、基本的にブランドや設備といった固定資本にはほとんど投資しない。(中略) 1999年第1四半期、アマゾンは10億ドルの売上高を記録したが、営業資産で500万ドルの損失を計上した。そう、資産は少ないが営業上の流動負債が巨額であるため、マイナスの数値になったのだ。これとは対照的に、バーンズ・アンド・ノーブルの書籍販売事業の場合、30億ドルの売上高を上げるには、30億ドル近い純資産(リースも含めて)が必要だった。要するに、アマゾンは事業のための資本が不要だったから、バーンズ・アンド・ノーブルよりも書籍価格を下げることができたのである。また、アマゾンは1店舗しかないため、一般管理費もバーンズ・アンド・ノーブルより小さい。(Sahlman 1999)
*10 eコマースには二つの特性がある。これらによってインターネットでの中間業務が成立しているというよりも、むしろ必然から生まれたものなのである。第一の特性は、取引の量の多さである。インターネット上では、毎日何十億回というクリックがなされている。1回のクリックはある個人の1回の選択と同義であり、そこには価値の送信、ひいては利益の創造の機会が絡んでいる。(中略)第二の特性は、効率性である。大半の企業はセント単位の取引では採算が合わない。1セントを徴収するのに1セントを上回るコストがかかるからだ。しかしeコマースならば追加コストはまったくかからない。一度プログラムを書いてしまえば、その一行を実行しようが二行を実行しようが、コストは発生しない。大勢の中間業者が手に入れる1セントは純利益と言ってよい。(Carr 2000)
*11 オンライン小売業者は、「適切な商品」を「適切な場所」で「適切な価格」にて提供することに優れているが、「適切なタイミング」で商品を届ける点で不利である。買い物客がいますぐ商品を手に入れたいとき、自動車に乗ることはあっても、コンピュータに向かうことはない。(Christensen, Tedlow 2000)
*12 ビジネスをオンラインで行うかどうかには、多くの要因が関連している。いくつかの国では、プライバシーとクレジット・カード支払いの安全性に関する懸念が電子商取引の拡大をはばんでいる。また、他の国では、政治や規制が阻害要因となっている。(ディジタル・エコノミーII 1999)
*13 Williamson 1986
*14 Hagel III, Singer 2000
*15 現在、アマゾンは顧客を獲得するために営業やマーケティングに出費している。しかしその数値をつぶさに見てみると、800万人顧客のを獲得するために、同社が投資した現金は正味8000万ドル弱である。これら顧客の一生涯における一人当たり書籍購入支出を考えると、これは理にかなった投資と言えよう。(Sahlman 1999)
また、Amazon.comの顧客数は1997年 1.5百万人、1998年6.2百万人、1999年 16.9百万人である。(Amazon.com Annual report 1999)
*16 一方米国のAmazon.comなどのインターネットショップの場合には規模の経済による、商品価格そのものの低減をはかっている。
*17 商取引を組織化するための基準というものは、コストを節約するという厳密にいえば手段的なものであると考えられる、基本的には、これは2つの部分を持つ、すなわち製造コストの節約と取引コストの節約である。(中略) しかしながら、すでに明示したように、狙いは、製造コストと取引コストの合計の節約である。(中略) 基本的には、取引コストを節約するということは、制限された合理性を節約し、一方同時に、機会主義の危険に対して問題の取引を防御することになる。統御機構を一定とすると、これら2つのものは、一方の低下は通常他方の増大をもたらすから、緊張関係にある。(Williamson 1986
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