青山学院大学 社会情報学部
J-BINGOプロジェクト
外務省 島根玲子さん


-今のお仕事について-
外務省のアジア地域全般の総合的な外交政策を担当する、アジア大洋州局の地域政策参事官室という部署に所属しています。その中でも私は、近隣諸国(日・中・韓)の問題と、歴史問題(慰安婦問題など)をメインに取り扱っています。
これらのテーマは今日、特に世間から注目を集めているだけに、日々緊張感を持って業務に取り組んでいます。国の命運を背負って行っているという意識で、諸外国とやりとりを行うため、ここで引き下がってもいいか、という気持ちは一切ありません。楽な仕事ではありませんが、自分の行っている業務が次の日の新聞の記事になることもあり、それだけ社会にインパクトを与えていることに、とてもやりがいと面白
みを感じています。
また、日常のニュースや世界の動きを自分の
こととして捉えられるのは、この仕事ならではの点だと思います。
-今のお仕事に興味を持ったきっかけ-
大学生の時に友だちとフィリピンのセブ島に訪れた際に見たストレートチルドレン(様々な理由により、路上生活や労働をせざるを得ない子どもたちのこと)の存在を知った時は、私にとって衝撃的な経験で、「この子たちのために、先進国に住む私には何ができるだろう」という思いを持つきっかけとなりました。
しかしながら、大学4年生の就職活動の時期になった時にまだ将来何がやりたいということを考えることができず、志望動機も固まることなく、就職活動も軒並みうまくいきませんでした。その中でも海外に携わりたいという思いと漠然とながらも、国連職員への興味が湧いたことで、ロースクールへの進学を決意しました。
大学院進学後は、NGOでボランティア活動を行うなど、自分なりに将来について考え始めるようになりました。悩みに悩んだ結果、生まれ育った日本の支えとなりたい、という気持ちが何よりも強かったので、外務省で働く決心をしました。
-学生の頃と比べて成長できた点-
今の仕事を通じて、私は3つの点で成長できたと感じています。語学力と勉強に励む能力、物事に対しておおらかに構える姿勢です。語学力は、社会人になるまで一切留学経験がなかった私ですが、外務省に入省するとそれぞれ指定された国へ、2年間語学留学をすることになります。私の場合は、スペインへ派遣され、スペイン語を勉強しました。今では、英語よりも得意かもしれません。
社会人になり、仕事を始めてからはとにかく日々勉強を続けてきました。昨年、本を執筆した時は、日中は仕事をこなし、仕事が終わり家に帰った後も、本を書くための勉強の繰り返しました。思い返すと大変な日々でしたが、知識を更に蓄えることで、仕事に通じる形で成長できたと思います。
物事に対する姿勢への変化についても、スペイン留学での経験が大きいです。これは仕方がないことなのですが、日本に住んでいたときは、小さなことを気にして、くよくよしたりしていました。しかし、スペインではもっとおおらかに構えられるようになり、小さなことは気にしないようになりました。このような物事に対する向き合い方の変化ができたのは、留学をしたからこそのことです。
-学生時代について-
私は、高校時代に真面目に学校に通わず、夜更けまで遊んでいた、いわゆる“コギャル”でした。そのことで2回留年し、高校中退を経験しています。その後、一念発起して大検(大学入学検定試験)を取得して、文学部英米文学科に入学しました。
そのこともあって、大学に入学してからは勉強の取り組み方がわからず、授業時間の90分間着席して、先生の話を聞くだけでも当時は一苦労でした。
そんな学生時代の当時の思い出として、友だちといった海外旅行は、外に目を向けるきっかけとして大きかったように思います。学生時代に20カ国ほど旅行しましたが、留学経験が全く無かった私は、世界について何も知らなかっただけに、スポンジのように見たものや感じたことを吸収することができました。
-もし学生時代に戻れるとしたら?-
何事に対しても、もっと問題意識を持って取り組んだように思います。今思い返すと、私は学部生時代の4年間という貴重な時間をただ漠然と過ごしていたように思います。特に、就職活動を始める、大学4年生のタイミングで何かしら誇りを持てるものを作っておくことが、大切です。その内容は人によってはアルバイトかもしれませんし、大学生になってから始めた趣味かもしれません。その点でいうと、私の場合は旅行が問題意識を持つ機会となりましたが、自分なりに、1つ軸を持っておけるとより実りのあるものになったのではないかと思います。

院生時代に訪れたケニアでのボランティアの写真
-留学経験-
私は外務省入省後のスペイン留学が初めての経験で、それまでは一切ありませんでした。学生の皆さんから、「外務省に入る人は留学経験がある人が多いのですか?」という声をいただきますが、決してそんなことはないと思います。ただ、外務省に関しては入省後に全員が海外留学することになり、それぞれが留学先の言語を学ぶことになります。
これは外務省に限った話ではなく、学生時代に留学を経験していないことは、全く気にする必要はないと思います。社会人になってからでも、その機会の用意されているケース(海外トレーニー制度など)が増えてきているからです。その中で何よりも大切なのは、新しいことを自分から学ぼうという意欲を常に持ち続けることだと思います。
-将来的に実現したいこと-
外務省でまだ8年しか勤務経験がないので、まだまだ模索の段階ですが、言うまでもなく外務省には優秀な外交官が沢山在籍しています。
その中でも、自分にしか持っていないユニークなものは、このイレギュラーな経歴だと考えています。
最近、高校へお邪魔して自分の仕事や経歴についての授業を行う機会をいただくのですが、ちょっとユニークな経歴を持った自分の話だからこそ聞く耳を持ってくれる高校生がいます。「あなた達の年代の頃、私は学校に真面目に通わず・・・」という話をすると、驚く反応をしてくれます。その話を聞いた生徒が「私も英語をもっと話せるようになろうかな、とか海外に出てみようかな」と、思ってくれたら嬉しく思います。
これからも、この私のバックグラウンドを活かしたことをどんどんやっていきたいと考えています。
-ご自身で思う人生の分岐点-
これは、コギャル時代に戻るのですが、ある日夜通しで遊び呆けて朝帰りした時にTVで流れていた、日本昔ばなしの主題歌である「にんげんっていいな」の曲を聞いた瞬間です。
高校に真面目に通うことなく、日々遊び倒していた一方で、「このままでいいのかな」という気持ちは常に抱いていました。家に帰ると、いつもご飯を食べるかもしれない私のためにお母さんが夕飯を用意してくれていました。食べなかった分は、母親が朝食としてそれらを食べていて私の中でも申し訳無い気持ちで一杯でした。
その葛藤の末に聞いた、「おいしいおやつに ほかほかごはん こどもの かえりを まってるだろな」という歌詞に、私の母親が重なり自然と涙が溢れ出し、このままではいけないと目を覚ますことができました。その次の日から予備校へ通い始め、大学検定を取得、大学受験を行いました。振り返ってみると、この瞬間が私の人生の中でも、大きな分岐点だったように思います。

ハワイ出張時の写真
-学生に向けてメッセージ-
大学生活の4年間をどのように過ごすかは、皆さん人それぞれだと思います。ただし、就職活動やどこかのタイミングで「あなたの4年間はなんだったのですか」と問われるタイミングが必ずやってきます。その時に、胸を張って言える何かを作っておくことが大切だと思います。
また、就職活動を行う上で、自分の足元ばかり見ていてはいけません。なぜならば、企業はあなたの今までの二十数年以上に、これからの数十年に価値を求めているからです。今までの経験に価値を置くのではなく、これから先の未来に価値をおいて、自分を売り出していくことが大切です。