室蘭工業大学工学部「認知科学の諸問題」

2005年度から室蘭工業大学工学部で私が担当している, 「認知科学の諸問題」についての情報を集めたページです.

担当者

寺尾敦(てらおあつし)

青山学院大学社会情報学部 助教

履歴書

日程

後期に集中講義として行います.2008年度は, 平成21(2009)年3月3日 から 3月6日 の,4日間の日程で行います.

学習目標

「認知科学の諸問題」では, 「認知心理学」レベルの認知科学の基礎を習得した学生を対象に, 認知科学についてさらに深く学びます. 2005年度と2006年度は, 認知科学のいくつかの領域(知覚,記憶,熟達化など)について, 近年までの主要な研究知見を講義しました. 2007年度からは, 特定のトピックひとつに焦点を当て,グループ学習を行っています.

認知科学についての理解を深めることの他に, この講義ではもうひとつの目標があります. それは研究者が普段行っている研究活動を疑似体験することです. これは研究者養成のために行われることですが, 研究者志望でなくても体験する価値があります.

研究はしばしば次のステップを経て進められます.

1.テキストなどの2次資料での研究紹介を読む.
自分が専門とする狭い分野ならば,研究テーマはすでに確定しているか, 論文などの1次資料から直接にテーマを決めます. しかし,少し分野が異なれば, 「おもしろそうだ」という話は(他者から教えてもらうことも含めて) 2次資料から得ることが多いものです.
2.1次資料(原典)にあたる.
2次資料からおもしろそうな情報を得たら, 実際の1次資料にあたります. 1次資料からは,2次資料ではわからなかった様々な情報を得ることができます. 2次資料から得ていた情報と1次資料に書かれていることの間に, かなり大きなギャップを感じることもあります.
3.研究テーマを見出す.
関連する資料をさらに集めて読むことで, 研究テーマが少しづつ形作られていきます. 何を「おもしろい」と感じられるか, どんな資料を見つけられるか,どんなことを考えられるかなどが, 研究者の腕の見せ所になります.

この講義ではこういったプロセスを体験してもらいます. 多くの学生は将来研究者になるわけではありませんが, 情報探求の機会は常にあるはずです. 2次資料からの情報だけで満足せず,1次資料にあたり, さらに多くの資料を集めて,思考を展開する訓練をしましょう.

得られた知見を他者にわかりやすく伝える技術を獲得することも重要です. 最終日には研究発表をしてもらいます. 発表内容の構成をよく考え,発表練習をしてから本番に臨みましょう.

授業形態

受講者はいくつかのグループに分けられます. 各グループは,指定された文献を読み,関連する情報を調べ, 探求した内容をまとめて発表します. 1次資料を読んだあと, 調査や研究をしたいテーマをひとつ決めてください. 文献調査(研究テーマを設定し,さらに文献を調べる), アンケート調査,心理学実験のいずれかを行うことになるでしょう. 昨年度のこの授業で学生が取り組んだテーマは, このページの下の方にある「過去の授業」からたとることができます. 発表は他のグループと担当教員(寺尾)によって評価され, 成績に反映されます.

教材

最初に以下の教材を読みます.これが2次資料で,研究の出発点になります. 教材は印刷して配布します.

瀬尾美紀子・植阪友理・市川伸一(2008) 学習方略とメタ認知 三宮真智子(編)メタ認知 北大路書房 (Pp. 55-73)

この教材で紹介されている他の文献(1次資料)を調べてください. 教材で紹介されている文献に中に, 興味をひかれるものがあるはずです.そうした文献を読んでください. どんな目的で,どんな文献を読み, 何がわかったのか,簡単なレポートを提出してもらいます. このレポートは成績に反映されます.

1次資料レポート(article.doc)

アメリカ心理学会(American Psychological Association) が発行している雑誌(Journal of Educational Psychology など) に掲載された文献は,PDF ファイルで入手できます. 他に, Palincsar & Brown (1984),Schraw (1998), Uesaka & Manalo (2006), Uesaka, Manalo & Ichikawa (2007) は,PDF ファイルがあります. これらの文献が必要なら寺尾に依頼してください. 『教育心理学研究』は室蘭工業大学の図書館にあります.

英語文献の読解は寺尾が支援します. 調べてみたいと思う研究が英語論文であっても, ひるまずにチャレンジしてください.

文献から得た知見は最終的にグループ内で共有されるようにしてください. 全員で文献を読んでもいいし, 読む文献を分担して最後に内容を教えあってもいいです.

スケジュール

内容
3月3日グループ分け・指定文献学習
3月4日1次資料の学習・研究テーマ設定
3月5日研究の実施・発表準備
3月6日発表

1次資料を読んだあと, テーマ設定のための話し合いをグループでしてください. 遅くとも2日目の終わりまでにテーマを決めましょう.

成績評価

学習した文献(1次資料)を報告したレポートと, グループでの研究発表を評価して,成績を決定します.

文献のレポートでは,調べた文献の量,および, 文献調査の目的と成果(知りたかったことはきちんとわかったか)を評価します. 多くの文献にあたり,知りたかったことをきちんと理解すれば, 高い得点になります.英語文献にチャレンジすることも評価します.

グループ発表では,

を評価します.この授業への参加者全員が発表を評価します. ここでの評価が成績に反映されます.

発表パワーポイントスライド作成について (presentation.ppt)

グループ発表採点表 (score.doc)

グループ発表結果

授業への参加者全員(19名)が,グループ発表を聞いて, 設定した研究テーマのおもしろさ,研究で得られた知見のおもしろさ, 発表のわかりやすさを,それぞれ5点満点で評価しました. 以下の表は,各グループについて, これら3つの得点の平均を示したものです. 「テーマ」は設定した研究テーマの面白さ, 「知見」は研究で得られた知見の面白さ, 「発表」は発表のわかりやすさです. 自分のグループの発表についても自己評価を行いましたが, この評価点は平均点の算出に用いていません.それぞれのグループにおいて, 3つの平均得点の合計を3で割って10倍した値が, そのグループが発表で得た「得点」です.満点は50点です.

グループ テーマ知見発表 得点
1 4.03.93.9 39
2 3.84.24.4 42
3 3.74.13.6 38
4 4.14.13.2 38

各グループが発表に用いたパワーポイントスライドは以下のリンクから ダウンロードできます. PowerPoint 2007 で作成したスライド(拡張子が pptx)は, お使いのブラウザによっては, ダウンロードのときに拡張子が zip で表示されてしまうかもしれません. pptx に変更してダウンロードしてください.

グループ1: 教科書と参考書から見た学習の過程(group1.ppt)
このグループは,高校数学の教科書と参考書を比較し, 学習者は教科書と参考書で何を学習しているのかを検討しました. 基本的には,学習者は教科書で宣言的な知識を学び, 参考書で問題を解くことによって知識の手続き化を進めると考えました. 認知科学を学べばこのような結論にいたるのはあたりまえかもしれませんが, 自分が行ってきた学習がどのようなものであったのか, 認知科学の観点から考えた点は高く評価できます. 用意された文献(瀬尾,植阪,市川,2008)で学んだメタ認知については, 参考書の具体的な問題を解くことで自分の理解できていなかったことを明確にできる, 図を用いることにより問題の理解を評価できる, ということを指摘しました.
グループ2: 図表を用いた学習方略(group2.pptx)
このグループは, Uesaka, Manalo & Ichikawa (2007) の内容を紹介しました. 用意された文献(瀬尾,植阪,市川,2008)で紹介されている, 20平方メートルは2000平方センチと誤って換算した小学5年生の事例から, なぜこの学習者は図を使うことができなかったのか考えたかったそうです. Uesaka, Manalo & Ichikawa (2007) では, ニュージーランドの学生に比べて日本の学生はあまり図を用いないこと, 教師は図の使用を積極的に促していないこと,などが報告されています. 小学5年生の事例は日本の学生のこうした特徴があらわれたものと考えられます. 発表で紹介した文献はひとつだけでしたが, 慣れない英語文献に取り組んだことは高く評価できます.
グループ3: 認知カウンセリング:学習意欲改善に対する可能性(group3.pptx)
このグループは,認知カウンセリングとはどのようなものか調べ, 学習意欲を高めることのできる教育的介入であると述べました. 学習方法を知らないために「わからない」状態から抜け出すことができなければ, 学習意欲は低下してしまいます. 認知カウンセリングは,学習での問題点を解決することにより, 学習者に「わかる」楽しさを経験させることができます. このグループはさらに,認知カウンセリングの難しさも指摘しました. クライアントがカウンセラーに依存しすぎないような関係作りが必要であること, カウンセラーは認知に関する知識が必要であること, 個人レベルでの支援のため学校での取り組みが難しいこと, が指摘されました.これら問題点の指摘はいずれも妥当なものです.
グループ4: 学習動機の調査(group4.pptx)
このグループは, 市川(1998)で紹介されている学習動機の2要因モデルに基づいた, 学習動機の調査を行いました. 調査対象者は,室蘭工業大学および周辺高校の,教員24名,学生25名でした. 学生と比べ,教員の学習動機は充実志向が強く, 報酬志向が弱いことが明らかになりました. 志向間の相関を検討すると, 教員はいくつかの志向について中程度の正の相関が認められましたが (充実―訓練,充実―実用,関係―自尊,など), 学生ではこうした相関があまり認められませんでした (充実―訓練が 0.45,充実―報酬が -0.46). 教員と学生のこうした違いは何を意味するのか, さらに調べてみると面白そうです.

過去の授業

2007年