室蘭工業大学工学部「認知科学の諸問題」

2005年度から室蘭工業大学工学部で私が担当している, 「認知科学の諸問題」についてのシラバスです.

担当者

寺尾敦(てらおあつし)

青山学院大学附置情報科学研究センター 助教

履歴書

日程

後期に集中講義として行います.2007年度は, 平成20(2008)年3月11日 から 3月14日 の,4日間の日程で行います.

学習目標

「認知科学の諸問題」では, 「認知心理学」レベルの認知科学の基礎を習得した学生を対象に, 認知科学についてさらに深く学びます. 2005年度と2006年度は, 認知科学のいくつかの領域(知覚,記憶,熟達化など)について, 近年までの主要な研究知見を学びました. 今年度(2007年度)は,これまでと異なり,特定のトピックに焦点を当てます. 具体的には,インターネットでの学習を取り上げます. インターネットの登場によって, 児童や生徒の学習はどのように変化したのでしょうか? 研究と実践の最先端に触れてみましょう.

認知科学についての理解を深めることの他に, この講義ではもうひとつの目標があります. それは認知科学の研究者が普段行っている研究活動を疑似体験することです. これは本来研究者養成のために行われることですが, 研究者志望でなくても体験する価値があります.

研究はしばしば次のステップを経て進められます.

テキストなどの2次資料での研究紹介を読む.
自分が専門とする狭い分野ならば,研究テーマはすでに確定しているか, 論文などの1次資料から直接にテーマを決めます. しかし,少し分野が異なれば, 「おもしろそうだ」という話は(他者から教えてもらうことも含めて) 2次資料から得ることが多いものです.
1次資料(原典)にあたる.
2次資料からおもしろそうな情報を得たら, 実際の1次資料にあたります. 1次資料からは,2次資料ではわからなかった様々な情報を得ることができます. 2次資料から得ていた情報と1次資料に書かれていることの間に, かなり大きなギャップを感じることもあります.
研究テーマを見出す.
関連する資料をさらに集めて読むことで, 研究テーマが少しづつ形作られていきます. 何を「おもしろい」と感じられるか, どんな資料を見つけられるか,どんなことを考えられるかなどが, 研究者の腕の見せ所になります.

この講義ではこういったプロセスを体験してもらいます. 多くの学生は将来研究者になるわけではありませんが, 情報探求の機会は常にあるはずです. 2次資料からの情報だけで満足せず,1次資料にあたり, さらに多くの資料を集めて,思考を展開する訓練をしましょう. 得られた知見を他者にわかりやすく伝える技術を獲得することも重要です.

授業形態

昨年度までは講義形式でしたが, 今年度は受講者が積極的に学習を展開します. 受講者はいくつかのグループに分けられます. 各グループは,指定された文献を読み,関連する情報を調べ, 探求した内容をまとめて発表します. 指定された文献を読んだあと, もう少し調べてみたいと思うテーマがいくつかあるはずです. それらのうちからひとつを選んで(複数のテーマを選んでもかまいません) 研究してください. 集中講義の期間内では実験や標本調査を行うことは難しいでしょうから, 文献調査が主になるでしょう. 書籍,雑誌論文,インターネット上の情報などが利用可能です. 発表は他のグループと担当教員(寺尾)によって評価され, 成績に反映されます.

教材

以下の2つの文献を読みます. 集中講義の期間中にこれらの文献を読みこなす自信がない人は, あらかじめ目を通しておいてください. 文献を読んだあとにグループで設定したテーマにそった研究をしなければなりませんし, 最終日はグループ発表なので, これら2つの文献は遅くとも2日目(3月12日)の夜までに読む必要があります.

  1. アメリカ心理学会(APA: American Psychological Association)の機関誌である Monitor on Psychology の, Volume 38, No. 10 に掲載された It's fun but does it make you smarter? [PDF]

  2. Jackson, L. A., Eye, A. von, Biocca, F. A., Barbatsis, G., Zhao, Y., & Fitzgerald, H. E. (2006). Does home internet use influence the academic performance of low-income children? Developmental Psychology, 47, 429-435. [PDF]

以上2つの文献を読んで, それぞれの文献について用意された理解チェックシートを埋めてください. 文献に書かれていたことが理解できているかどうかを確認します. グループの全員が文献を読みますが, チェックシートはグループで2部完成させて,そのうち1部を提出してください. チェックシートの最後にある, このチェックシートそのものについての質問項目は, 提出するシートにのみ回答を記入してください.

  1. 指定文献1理解チェックシート (reading_1.doc)

  2. 指定文献2理解チェックシート (reading_2.doc)

文献が理解できていることをチェックしたあと, 各グループごとに研究テーマを設定し, その研究テーマにそって関連情報を調べ,最終的な発表の内容をまとめます.

参考資料:最初の指定文献で紹介されている,Leu らが the North Central Regional Educational Laboratory/Learning Point Associates に提出した 報告書 [PDF]. 全体では112ページもありますが,大半は付録です.本文は28ページです.

スケジュール

内容
3月11日グループ分け・指定文献学習
3月12日指定文献学習・研究テーマ設定
3月13日テーマにそった研究・発表準備
3月14日発表

2日目の夜,あるいは,3日目の朝までに, グループでの研究テーマを決定してください. 指定文献を読み,テーマ設定のための話し合いをしてください.

成績評価

指定した文献の理解と,グループでの研究発表を評価して, 成績を決定します.

グループ発表では,

を評価します.この授業への参加者全員が発表を評価します. ここでの評価が成績に反映されます.

グループ発表採点表 (score.doc)

グループ発表結果

このセクションはシラバスの一部ではなく, グループ発表の結果です.授業への参加者全員(20名)が, グループ発表を聞いて,設定した研究テーマのおもしろさ, 研究で得られた知見のおもしろさ,発表のわかりやすさを, それぞれ5点満点で評価しました. 以下の表は,各グループについて, これら3つの得点の平均を示したものです. 「テーマ」は設定した研究テーマの面白さ, 「知見」は研究で得られた知見の面白さ, 「発表」は発表のわかりやすさです. 自分のグループの発表についても自己評価を行いましたが, この評価点は平均点の算出に用いていません.それぞれのグループにおいて, 3つの平均得点の合計を3で割って10倍した値が, そのグループが発表で得た「得点」です.満点は50点です.

グループ テーマ知見発表 得点
1 3.63.83.8 37
2 4.13.43.0 35
3 3.83.53.1 35
4 3.73.53.5 36
5 3.63.33.1 33

集計作業を行っていて, 参加者のみなさんはなかなか評価が厳しいなあと感じました. 私も発表を聞いて点数をつけましたが (この点数はグループの得点集計には含めていません), もっと甘い点数をつけていました.

どのグループの発表も非常に興味深く,面白いものでした. 「認知科学の諸問題」の成績では, どのグループにも5点を加えることにしました. よって,成績は [ 20(文献1)+ 30(文献2)+ グループ発表得点 + 5 ] となります. たとえば,グループ1に属していた個人の成績は, 20 + 30 + 37 + 5 = 92 です. 文献1と文献2の理解については, この授業への参加者全員に満点を与えました.

各グループが発表に用いたパワーポイントスライドは, 以下のリンクからダウンロードできます. PowerPoint 2007 で作成したスライド(拡張子が pptx)は, お使いのブラウザによっては, ダウンロードのときに拡張子が zip で表示されてしまうかもしれません. pptx に変更してダウンロードしてください.

グループ1: インターネットの利用の現状(group1.pptx)
このグループは,室蘭工業大学の学生のインターネット利用について, 50人に調査した結果を報告してくれました. 携帯メールで調査項目を友人に送り,回答を返送してもらったそうです. グループ学習の期間が1日しかなかったにもかかわらず, 実際にアンケート調査を実施した点を高く評価します. 携帯メールを使うというのはいアイデアでした. 質問項目は3つだけの簡単な調査でしたが, グループ発表の時にも述べていたように, さらに調べてみたいことがここから見えてきますね. 発表は非常にわかりやすかったです.発表のわかりやすさについて, 5つのグループの中で最高の 3.8 点を獲得しました. 「方法」「結果」「考察」 という型にきちんとそっていたのもよかったですね.
グループ2: インターネット使用による弊害(group2.pptx)
東京学芸大学の和田正人先生の論文,「 大学生のインターネット中毒とインターネット不安の関連についての実証的研究」 を紹介し,この文献で用いられていた質問項目を参考に, グループのメンバーでインターネット中毒の程度を調査しました. インターネットの弊害は室蘭工業大学の学生にとって興味を引く研究テーマらしく, テーマ設定に関して5つのグループの中で最高の 4.1 点を獲得しました. いいテーマを選びましたね. グループのメンバーはインターネット中毒ではないが, 質問項目での「インターネット」という語を 「メール」に置き換えると同意できる項目が多いメンバーもおり, メール中毒と言えるかもしれないという話は面白かったです. 携帯電話はますます多機能化していますから, メール中毒はすでに他の形の中毒に変化しているかもしれません.
グループ3: 日本におけるデジタルデバイド(group3.ppt)
このグループは, 日本には地域格差という形のデジタルデバイドが存在することを指摘し, 携帯電話によるその解消の可能性を議論しました. 文献1の最後に述べられていたように, 日本のインターネット接続環境はずばらしいです. しかし,グループ発表で指摘されていたように, 地域格差はかなり大きいですね. この問題の解消を携帯電話に求めるというのが, インターネット接続を含む多機能な日本の携帯電話ならではのアイデアですね. 面白いアイデアだと感じました.
グループ4: インターネット利用と学生の学力(group4.pptx)
このグループは,文献2のテーマであった, インターネットの使用と学力との関連について調べました. 日本では,インターネット普及が進む一方で,学力低下が問題になっています. これが事実ならば, インターネット利用が学力を向上させたという文献2の結果と矛盾しているように思えます. このグループは, 国立教育政策研究所が実施している学習状況調査のデータから, 日本の児童・生徒の学力は低下していないと主張しました. この主張が正しいとすれば, インターネットの普及にともなって, 学力は少なくとも低下していないことになります. 発表の力点が学力測定の問題におかれたことで, インターネットの話題からは少し外れましたが, 研究で用いる指標の妥当性を考えさせた点で興味深い発表でした. このグループの発表はグループ5の発表と比較すると面白いです. グループ5は PISA の調査データを学力の指標として用いていますから, そこでは日本の学力は低下しています.
グループ5: 世界各国のインターネット普及率とその学力の関係(group5.ppt)
グループ4と同様, このグループもインターネットの使用と学力との関連について調べました. インターネット普及率と PISA の読解力テスト得点において, 上位にランクされる国が共通しているということが指摘されました. さらに, 普及率と PISA 得点の推移の共変関係をこれらの国ごとに調べたところ, 共変関係が明確な国(たとえば,韓国) とそうでない国(たとえば,日本)があることがわかりました. このような差が生じる原因として, 共変関係が明確な国ではインターネットが情報検索に利用されており, そうでない国では娯楽目的で利用されているのではないかという考察がなされました. このグループの研究発表は5つのグループの中で最も評価が低かったのですが, 私は非常に興味を持ちました. インターネット普及率と PISA 得点の国際ランクを比較するというアイデアは面白いです. この比較で両者の共変関係を結論づけないで, さらに経時的変化を国ごとに調べて共変関係を検討したことや, 文献2でも取り上げられていたインターネット利用目的から共変関係を考察している点も, 高く評価できます.