Current issues of
Internet music file download services
岩井 千明 (青山学院大学 国際マネジメント研究科 助教授)
目次
インターネットアクセス環境の整備に伴い職場のみならず家庭でも高速インターネットの利用が進行するにつれ電子ファイルの交換が個人単位で容易に行えるようになってきた。本論ではその実例としてインターネットを利用した音楽ファイル配信の利用状況とビジネス上の問題点を明らかにすることを目的としている。インターネット関連ビジネスは変化が激しく関連文献もその大半が短期間のうちに時期を逸したものになってしまうことが多い。そこで文献調査のみを情報源にすることなくインターネット上のWebの調査ならびにキープレイヤー企業へのインタビュー、そして実際に音楽配信に興味を持つユーザーアンケート等と複数の方法によってアプローチを行った(詳細はVII.本論の調査方法を参照のこと)。インターネット音楽配信ビジネスに関する調査の場合日本では主として有料サービスを中心に実施されてきた[1]が、米国の報道資料[2]から類推すれば無料音楽ファイル交換は今後ブロードバンドの普及につれ日本でも増加していくと予測できる[3]。本論では現在可能な範囲で有料音楽配信サービスだけではなくNapsterやGnutella[4]など音楽無料配信サービスの日本における利用実態についても多角的な調査を行った。本論における仮説は「音楽配信ビジネスは、現在のモデルでは成立しない。従って新たなビジネスモデルを構築する必要がある」というものである。ここで現在のモデルというのは「CD店舗販売モデル」、すなわち一つの楽曲に対して小売店と同じ価格で対価を要求するモデルである。この仮説に基づいて本論では有料と無料の音楽配信サービスの現状分析、ユーザーの利用状況の分析そして新たなビジネスモデルの試案の提示を行う。
本論の調査分析の範囲は主としてパーソナルコンピュータを利用した音楽配信サービスである。音楽配信を技術的に分類すれば、MP3[5]などのファイルそのものをダウンロードしたり交換したりするものとストリーミングと呼ばれる技術によりサーバーにあるデータを逐次再生していく方法に大別されるが、ここでは主としてファイルダウンロード方式を中心に論じていく。現在ストリーミング方式の音楽配信の大部分はインターネットラジオや楽曲の無料視聴に用いられておりリアルタイムでの視聴が前提とされている。今後ブロードバンドがさらに浸透するにつれて重要性が増すと考えられるが、ストリーミング方式に関する調査研究は別の機会に行いたい。また、インターネットによる音楽配信サービスは容易に国境を越えるため、米国や韓国などインターネットブロードバンド環境が異なる国々の実態の調査や比較検討も興味深い研究テーマであるが、本論ではデータが入手可能な範囲内での補足的な検討に留めるものとする。さらに、携帯電話などモバイルデバイスによる音楽配信サービスも今後拡大していくと予想されるものの、現状ではそのサービスの黎明期でありデータも十分でないことから別の機会に検討を行いたい。また、本論はコンテンツ流通の手段としてのインターネットを利用した音楽配信に焦点をあてているため、音楽ソフト産業そのものを論じるものではない。従ってそもそも魅力的なコンテンツが必要であるとかユーザー側の生活習慣や購買行動そのものが変化しているという議論は含めないものとする。
音楽ファイルの配信サービスのモデルは今後ブロードバンドの普及に伴い、ビデオなどの映像系ファイル、ゲームソフトウェアやアプリケーションソフトウェアのプログラムファイルなどより大きなファイル配信ビジネスのモデルとなる可能性が大きく、筆者は本論をそれらの将来モデル研究の端緒と位置づけている。
日本の1999年のオーディオレコード(CD,アナログレコード,カセットを含む)生産金額は、5,696億円(前年比94%)、生産数量4億4,435万枚(同93%)と、金額・数量共に前年を下回った。生産金額は1984年以来15年ぶり、生産数量は2年連続の前年割れとなっている。オーディオディスクは1980年のレンタルレコードの登場の影響もあり、1980年代前半は低迷傾向にあった。しかしCDの登場が買い替え需要を生み、金額ベースでは1985年、数量ベースでは1988年以来増加傾向となった。1990年代に入ってからも低価格のCDシングルの登場やカラオケやテレビドラマ・CMとのタイアップと連動する形でCD生産は拡大を続けていたが、この1-2年は踊り場状態となっている。2000年のオーディオ音楽ソフトの生産金額は5,398億円(前年比95%)、生産数量は4億3,314万枚(同97%)と2年連続の前年割れとなっている。社団法人日本レコード協会(RIAJ)ではこの原因を長引く景気低迷の中、音楽ソフト購入の中心を占める若年層の人口減少や携帯電話に代表される情報通信費への消費増等のためと分析している。さらに、音楽配信にみられるようにデジタル技術の目覚しい進歩と音楽ソフト利用の多様化が進む今日、現在の著作権制度では著作隣接権者の権利が充分に保護されない事例も出てきているため、法整備の強化が急務であり、関係方面に働きかけていくことが必要であると述べている。[7]
筆者がインタビューでサービス提供者にインターネット音楽配信の現状ビジネスに対する認識を調査した範囲で列挙すると以下のとおりである。
A) 音楽産業自体が年間5,000億円程度の小さな産業であり、現在の状況を考えると今後の拡大も望めない。
B) 有料のインターネット音楽配信は未だビジネスとしては機能していない。業界最大手が運営するサービスでも有償の曲は一月に数百件程度のダウンロードしかない。
C) 無料音楽ダウンロードがもしも現在の音楽配信売上げに大きな阻害要因となるのであれば法的な手段も含めて毅然と防止策を講じる[8]。
D) 一方、既存の音楽コンテンツのインターネットによる流通は製造コスト、流通コスト共に大きくすべてのコンテンツをデジタル化してオンラインで販売することは不経済となってしまう。またオンライン化に当たっては著作権の権利処理もコストを増やす要因となる。
E) インターネットのブロードバンド化が有料音楽配信ビジネスの大きな転機になると考えているが、具体的な成功のビジネスモデルは現在模索中である。
インターネット音楽配信の2000年度の市場規模は1-3億円程度であり、オーディレコード生産金額の0.02-0.06%程度に過ぎず、市場としては萌芽期である[9]。また現在有料で提供されているサービスの代表例は表 1のとおりである。
表 1 インターネットによる有料音楽配信サービスの一例
(出典 「平成13年版 情報通信白書」)
表1で明らかなとおり現在インターネットで配信されている音楽ファイルの価格が350円と店舗におけるレンタルCD価格(150円程度)と比較して高価である。さらに有料配信サービスで入手可能な曲数がヒットシングル中心で数百曲程度であり、CDとして市場に流通している新譜数15,756曲[10]と比較して著しく少ない。 前述のインタビューによれば主な理由として、音楽配信のためのファイルのデジタル化ならびに著作権手続き、課金コストが追加的に必要になるため、既にCDとして流通している音楽コンテンツのインターネット配信に踏み切れないということが挙げられる[11]。それは既に有体財であるCDの流通システムがレンタルも含めて確立していて敢えてそのビジネススキームを自ら変えたくないという消極的な理由だけではなく、市場が縮小している現状ではオンライン化による追加コスト上昇に伴う利益の圧迫により音楽業界から見てもオンラインビジネスそのものが魅力的な機会を提供していないことにある。音楽ソフト業界1位のソニーミュージックエンタテインメント(SME)[12]が運営するbitmusicで提供されているのは主として著作権処理が容易なアーティストの新曲、売れ筋アーティストのプロモーションや店頭販売に先駆けたオンライン配信による先行販売、比較的購買力のある30-40代向けには復刻盤のオンラインファイル化といった最も購入の可能性の大きい楽曲が中心となっている。他のサイトでも現状では店舗販売に先立つオンライン上の先行販売、テストマーケティング的に先ずオンラインのみで販売しその売れ行きに応じてCDの店舗販売あるいはレンタルに移行するという形態になっている。また、インターネットで音楽配信を行うためには著作権法上の送信可能化権を有している必要があり、著作権をもつ音楽ソフト会社が直営しているオンラインサイトが中心となり卸や小売の流通業者の中抜きが進む可能性も大きい。
以上のような状況を予見しつつ打開策として現れたビジネスモデルが1999年11月に設立されたイーズミュージック株式会社(当時、www.esmusic.co.jp )であった。ソフトバンク株式会社の100%子会社であるソフトバンクコマース株式会社、ソフトバンクテクノロジー株式会社、ヤフー株式会社と、ミュージシャン向谷実が、インターネット上で音楽配信サービス事業を行う合弁会社で、音楽ソフトそのものは既存の音楽会社から提供してもらい1曲100円程度で2000年夏から有料配信サービスをスタートするというものであったが、結局既存の音楽業界から全く協力を得ることができずにサービス開始以前に市場から退出を余儀なくされた。特に著作権保護を優先しようという意向が変わらない限り、ビジネスの仕組み以前の問題として提供者側からのサービスの提供は積極的に行われないという一つの実例となったのである。当時音楽業界はこの会社の設立に危機感を持ったようであり、現在の有料音楽配信サービスの設立を促す契機にはなった。しかしながら現状でも、既存の音楽ソフト業界には音楽CDの流通システムと著作権の枠組みを守る立場から、自らがイーズミュージックのような価格帯の音楽配信サービスを行う計画は見当たらない。
無料インターネット音楽配信はNapsterというサービスが先駆者として大きな役割を果たした[13]。Napster社によると、ユーザーアカウントが1999年10月40万未満であったものが2000年12月には4800万へと急増したとの事である。Napsterのサービスは今までの「個人の好む音楽をテープやMDなどにコピーして楽しむ」という範囲をインターネットとPCによって「不特定多数の個人が持つ音楽ファイルを不特定多数の個人がインターネットとPCを介してお互いにコピーしあって楽しむ。」ということまで拡大したのである。ここでネットワークの外部性という、より多くのユーザーがNapsterを利用することによってより多くが便益を得るという関係が成立したわけである。 Napsterは米国の大学を中心に広がりWebnoize社が2000年5月15日に発表したところによると、同社の調査に回答した大学生の73%がNapster社の音楽交換ソフトウェアを最低でも月1回は使用しているという。
Napster社自身は音楽ファイルを保有しているわけではない、自社のサーバーにはインデックス情報すなわちどのユーザーがなんと言う曲を持っているかという情報のみを持っている。各ユーザーはインターネットに接続可能なPCにNapsterのクライアントソフトウェアをインストールした後に検索により欲しい曲名ないしアーティスト名を英語で入力するとNapster社のサーバーが無料で仲介役を果たしてくれるわけである。当時のNapsterのビジネスモデルはオンライン広告で収入を得るというものであった。このような無料音楽配信サービスに対抗して、全米レコード工業会とその傘下のレーベル10数社が1999年12月にカリフォルニア州連邦地方裁判所にNapster社のサービスが「著作権つきの音楽を無料で配信することを手助けした」としてデジタルミレニアム著作権法違反で提訴した。そして、2000年7月連邦裁判所はNapster社に対して差し止めを認める暫定差し止め命令を下した。 また、2001年2月連邦控訴裁判所は全米レコード工業会の提訴で、Napster社は「ユーザーによる音楽著作権侵害行為を意図的に助長した」として、Napster社のサービスが著作権に違反しているとの判断を下した。控訴裁判の決定は、著作権侵害でNapsterには多額の賠償金支払い義務が生じる恐れがあることを示唆していた。以上のような経過を辿って事実上Napsterは市場から退出して行った。しかし、Napsterのサービスで無料音楽配信サービスを享受したユーザー層とPeer to Peerと呼ばれるファイル配信サービス技術の普及によって次々にNapsterの代替サービスがインターネット上で始まったのである。[14] Napster後に現れたサービスはNapsterと同様にサーバーにインデックスファイルを保有するAudioGalaxyのようなタイプとPeer to Peer技術を利用してユーザーの個々の音楽ファイルを逐次検索していくGnutellaタイプとに大別される[15]。
日本の無料音楽配信サービスの利用状況を定期的に調査した資料が入手困難なため、ここでは米国市場を対象にNapster以降のサービス利用状況がどのように変化しているかを示す。
表 5 Unique Users (000) of File-Sharing Applications (January 2001 -
August 2001 US
Home Only)
* Unique Users (000) of Alternative
File-Sharing Applications - Napster Excluded
(出典 Jupiter Media Metrix, 2001年 10月)
以上のデータは米国家庭ユーザーの音楽配信サービス利用者数の2001年1月から8月までの推移である。無料音楽配信サービス利用者数はNapsterサービス停止命令以降も2001年8月時点で12百万人を超えている、2001年9月当初の米国の家庭におけるインターネットユーザー数が1億68百万であるから 7%が無料音楽配信サービスを利用していることになる。2月以降Napster利用者が漸減傾向にあるのに対して、その他のサービスとりわけMORPHEUS, KAZAA, WINMX, AIMSTERといったサービスの増加ぶりが目立っている。MORPHEUS, KAZAAはFasttrack社のシステムを利用しているが、その技術的な特徴としてはスーパーノードという検索用のサーバーを複数台置くことによりユーザーのファイル検索要求を高速処理したことである。(図1参照[16]) 今後同時接続するユーザー数はNapster,
Gnutellaに取って代わるという予測もされている。(図2参照) しかしながら米映画協会(MPAA)と米レコード協会(RIAA)は2001年10月3日、Fasttrack社などのオンラインファイル交換サービスに対し、著作権侵害に当たるとしてカリフォルニア中部連邦地裁に提訴したと発表した。[17]
図 1 (出典 Webnoize)
図 2 (出典 Webnoize)
本章では店舗におけるCDの販売やレンタルとインターネット音楽配信との相互関係を前述のユーザーアンケートから明らかにする。また、無料音楽配信サービスの利用状況についても明らかにする。以下は筆者が実施したアンケートからの抜粋である。
表 2 「音楽ファイルをダウンロードした結果、CDの購入に影響がありましたか。(音楽配信サービス利用経験者のみが回答)」
表 3 「音楽ファイルをダウンロードした結果、CDをレンタルすることに影響がありましたか。(音楽配信サービス利用経験者のみが回答)」
この結果から判断する限り、音楽配信サービスは小売店舗におけるCDの購買やレンタルの代替となる可能性を示唆している。また、無料音楽ファイル配信が普及した場合には音楽ソフト産業そのものに対する脅威となる可能性も否定できない。
次に店舗販売・レンタルとインターネット上の音楽配信との満足度の比較を行った。
表 4 「一般のCD購入やレンタルと比較して、あなたの有料配信サービスの満足度をお答えください。(有料の音楽配信サービス利用経験者のみが回答)」
ここで問題となるのは、支払いのし易さと、価格について不満度が大きくなっていることである。特に価格については悪いと回答しているものが多い。レンタルが可能なユーザーにとって見れば、同等の価格でないとそもそも購入する動機付けが低いと推察できる。
また、無料音楽配信サービスの利用状況については以下の通りであった。
表 6 「以下のサービスで利用した事があるものをチェックしてください。また、ほかにご利用のサービスがあれば「その他」に記入をお願いします。」
その他の内訳としてはReal
Audio, Windows Media PlayerなどでありMORPHEUS, KAZAA, AIMSTERは1件の回答もなかった。
調査のサンプルのとり方ならびに調査の実施時期が異なるためインターネットユーザーの利用頻度の日米比較はここではできないが、わが国においてはWINMX, AudiogalaxyそしてNapsterの利用者が多いということが明らかになった。但し、どれも利用していないと回答したものも全体の73%でありかつ調査標本数も限られていることから継続した調査を行わないと実態が明らかにはならない。ちなみにWINMXが最上位に来たのはファイル検索に日本語が使用できるアプリケーションであるためであると考えられる[19]。
音楽ファイルのダウンロードに関する合法・違法に関する意識としては以下のような結果が示されている。
表 7 「CDやレンタルで流通している音楽ファイルの無料ダウンロードは違法だと思いますか。」
設問が違法か合法かという内容のためか、わからない・どちらともいえないという回答が最も多く今後はもっときめ細かい設問を用意しないとユーザーの意識ならびに行動に関する実態は明らかにはならない。但し前述の米国の実態を見る限り、仮にサービス提供者側のみが訴訟されてサービス停止に追い込まれても新たな代替サービスにユーザーが移行するだけであるならば現時点では訴訟の効果は大きいとはいえない。法規制の対象を個々のユーザーレベルまで拡大するなど新たなコントロールシステムを設けない限り無料音楽配信の利用者は減らないのではないだろうか。すなわちユーザー側から見ればレンタルCDより高価でコピーの自由が制限された有料音楽ファイルをダウンロードするよりは、無料で(コピーが自由かつ面倒な課金の手続きも必要のない)音楽ファイルをダウンロードするほうを選択するのではないだろうか。また、ブロードバンドの普及などアクセス環境の改善に伴い音楽配信サービスを利用するユーザー数が拡大すると予想される[20]。
今後日本の音楽ソフト業界を考慮した場合に今後どのようなビジネスモデルが有効になるのであろうか。まずこれまでの述べた現状を踏まえた上で問題点を要約する。
A)
音楽ソフトビジネスは売り上げが縮小傾向にある。
B)
無料音楽配信サービスは利用者の支持を得ており、法規制があっても新たなサービスに移行して利用を続けている。
C)
多くの無料音楽配信サービスは日本国外で開発、提供されており、音楽ソフト業界の対抗措置にはコスト面、技術面、法律面などを考慮すると完全に防止することは簡単ではない。
D)
有料の音楽配信サービスは価格面、代金決済面で小売販売やレンタルCDに比較してユーザーへの便益が劣っている。また、イーズミュージックのような革新的なサービスは既存ビジネスモデルへの共食いのリスクが大きく容易には実施しがたい。
E)
著作権処理やデジタル処理のコストを考慮すると楽曲のオンライン化には制約があり、既存の楽曲はそれらのコストが上乗せされるため全ての音楽ソフトをデジタル化してオンラインで販売することはできない。一方、ユーザーはコピーの制約がなく「品揃えの豊富な」無料音楽配信サービスを利用するという悪循環が生まれている。
F)
ブロードバンドなど高速インターネット環境や携帯電話の高速化、小型携帯端末(PDA)の普及と共にさらなる無料ないし有料の音楽配信サービスの普及が促進する可能性が高まっている。
以上の現状と問題点を概括すると現状の音楽ソフト業界はインターネットの脅威に晒されて、防御的な対応に迫られているもののインターネットを利用した新たな音楽配信ビジネスの創造には至っていないということである。さらに現在の延長線上のビジネスモデルを継続していくのであれば、更なる無料音楽配信サービスの普及の影響を受け、本業であるCDの店舗販売やレンタルそのものが大きなダメージを負う可能性が大きい。新しいビジネスモデルを構築しない限り、現在の市場縮小傾向は止まらないと考えられる。
そこで最後にインターネットを利用した新しい音楽配信ビジネスモデルとしての試案を列挙してみたい。アッターバックは次の通り述べている「旧技術の衰退の運命に対する抵抗が、新技術を巻き返すということはめったに起こらない。皮肉なことに、新技術に対する旧技術の防御の1つには、新技術の採用や新技術との混成がある」[21]。ここでは新しいビジネスモデルには現在のモデルを改善していく混成のモデルと現在のモデルをいったん否定した上で新たに構築するイノベーションをあげることとする。インターネット上のビジネスモデルはまず実施してみてその効果を評価していくという手法が比較的容易に実行できるので、これらの試案も机上の議論のみならず実行していくことがそのフィージビリティーを確認することになる。
2.1
アクセスユーザーの増加(混成モデル)
現在一部の音楽ソフト会社では実施しているが、根本的に価格を小売CDと同じくするということで十分とはいえない、ほとんどの音楽サービスサイトが独自にWeb展開を行っているがユーザー数を増やす活動が十分でない、従って一般ユーザーまで自分自身が持つコンテンツの存在を認識させる必要がある。そのためにはユーザー数の多いポータルサイトやショッピングサイトとの連携を推進すべきである。ユーザー側が情報を探して音楽ファイルの購入まで行かせるのではなく、目の前に常に購入したい曲が提示されているという状況を作る必要がある。また、Amazon等のショッピングサイトで有料音楽ファイルをCDの代わりに販売することも考えられる。
ユーザー調査結果を見ると音楽ファイル購入に当たっては代金決済が大きな阻害要因となっている。クレジットカードなどオンラインの決済手段を持たない層や、クレジットカード番号を入力することに抵抗を持つユーザー層のために極力手間のかからない決済手段を提供する必要がある。これもまた、有力なショッピングサイトと提携し彼らの持つ決済手段を利用するか、インターネットプロバイダーと提携することにより予めダウンロードする権利をプロバイダー価格に含めて請求するようなシステムを構築する必要がある。
インターネット上でレンタルショップを開設して例えば月額固定料金1000円で10曲までダウンロードが可能とか2000円支払えば20曲まで自由にダウンロードができて自分の好きなコンピレーションアルバムを作れるとかいった課金パターンを増やす方法もある。その場合、曲が聴ける期間をプログラム上で10回までとか3ヶ月以内という制約をつけることによりヒット曲中心のレンタルショップよりユーザーに与える利得は大きくなる。
現在無料音楽配信サービスではダウンロードのインデックスサーバーが混雑していることに目をつけて比較的品質の良い(空いている)サーバーへのアクセスを有償としている場合がある。有償音楽配信サービスは、無料音楽配信サービスのファイル品質を改善し、高品質のダウンロードサービスを有料で提供することにより、無料音楽サービスユーザーが不満と思っているサーバーの混雑や音楽ファイルの品質の悪さをカバーすることが可能となる。複数の音楽ソフト会社が共同でこのシステムを運営することにより、コストの分散化、ならびに無料音楽配信システムの品質を上回ることが可能となる。
前述の通りインターネットを用いたビジネスの多くは黎明期でありかつビジネスモデルも移り変わりが激しいために利用できる統計データは時間的に限定されてしまう。またユーザー行動も音楽配信サービスはCD等の商取引と異なり実店舗上で売れ行きなどを測定することが比較的困難である。以上の理由により今回の調査方法も文献調査、インタビュー調査、ユーザーへのアンケート調査と複数のアプローチを行い多角的に実態を把握するよう努めた。
1.1 音楽ファイル交換ソフトの利用実態に関する文献・データ
日本の音楽ファイルの交換というと、社団法人日本レコード協会(RIAJ)ならびに社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)が2001年5月行った予備調査が現在のところ最も規模が大きいと考えられる[22]。この調査は社団法人私的録音補償金管理協会の共通目的基金の助成を受けて、2001年5月1日から同18日までの期間、インターネットのアンケートサイトを利用して約10,000件の有効回答を得たものである。この結果、「Napster」の利用者は4.4%、「Gnutella」の利用者が1.5%、これらの「ファイル交換ソフト」の利用者は5.4%というデータが得られている。(重複回答を含む)。この比率を日本のインターネット利用者数(約1,856万人。総務省速報値より計算)に当てはめると、「Napster」の利用者は国内で約81.7万人と推計される。また、「Napster」ユーザーの使用開始から調査時までの平均ダウンロード数は、一人当たり50曲であった。またこの他に2000年7月にOngakuNET.comが実施した「音楽配信に関するアンケート」[23]やRIAJが2000年10月に実施した「音楽パッケージソフトユーザー白書」などに一部の記述があるものの、インターネットの音楽配信に関する継続的な調査は多くはない。
1.2 音楽ファイル交換サービスに関する文献およびWebサイト
音楽ファイル交換サービスは技術革新が激しくかつサービスも処々の理由により変更・中止となる場合があるため参考文献は多くはないが、本論では以下の文献およびWebサイトを参考とした。
音楽配信サービスの概要を説明している文献
OOPS! Music Community 編著「オンラインミュージックマガジンOOPS!」 翔泳社 2000年
大谷卓史・亀井聡・高橋寛幸共著「P2Pがビジネスを変える」 翔泳社 2001年
ファイル交換システムの技術文献
山村恭平「グヌーテラでいこう!」 KKベストセラーズ 2001年
Oram “PEER-TO-PEER” O’reilly & Associates Inc. 2001
音楽配信サービスの関連Webサイト
Jnutella 日本 http://www.jnutella.org/
MP3のススメ 日本 http://onlinemusic.ne.jp/
Openp2p 米国 http://www.openp2p.com/
1.3 米国の音楽配信サービス利用調査
日本と比較すると米国の場合インターネット利用者の行動を分析するアナリストも多い、特にJupiter Media Metrix Inc.は定期的に音楽ファイル配信サービスの分析レポートを掲載している。以下に例を示す。
“Users Of File-Swapping
Alternatives Increase Nearly 500 Percent In The
http://www.jmm.com/xp/jmm/press/2001/pr_101001a.xml
The State of Online Music 2001 06/26/2001
http://www.jmm.com/xp/jmm/press/featuredDataAndResearch.xml
また音楽・ゲームなどのエンタテイメント系インターネットビジネスの調査研究サイトとしては米国 Webnoize, Inc.のサイトhttp://www.webnoize.com/
を参考とした[24]。
2.1 関連団体(RIAJ、ACCS)
筆者は2001年9月に上記関連団体の広報担当者の協力を得て音楽配信ビジネスに関する情報収集のためにインタビューを行った。特に前述のファイル交換ソフトの利用実態に関する調査結果ならびにその後の調査計画について詳細な情報を得ることができた。また、RIAJからは日本の音楽ソフト産業に関するデータを入手することができた。
2.2 音楽配信サービス提供者
関連団体へのインタビューと同じ時期に、ソニー株式会社のbitmusic(http://www.bitmusic.co.jp/)担当部長、NTTコミュニケーションズ株式会社のArcstar(http://www.arcstarmusic.com/)担当課長、株式会社ドゥーブ・ドットコム(http://www.du-ub.com/)担当取締役からそれぞれ音楽提供側から見た音楽配信ビジネスの諸問題や今後の見通しを聴取することができた。
前述のとおり音楽配信に関する調査データは著しく限られている上に、ブロードバンドなどの普及によりインターネットアクセス状況が変化を続けているため、1年前のデータであっても必ずしも現状を反映しているわけではない。そのため、まず可能なデータをWeb上から予備調査として検索した上で、2001年11月にあらためてユーザーアンケートを実施した。
3.1 予備調査
前述の通りOngakuNET.comが2000年7月に実施した調査結果を参考とした。
http://www.ongakunet.com/research/enq0007/index.asp
3.2 インターネットを利用したファイル交換システム利用調査
本論文作成に当たって以下のユーザーアンケートを実施した。
「インターネット上での音楽配信サービス利用調査」
実施日 2001年11月9日
実施対象者
株式会社マクロミル・ドット・コムが集めているインターネットユーザーに対して同社が持つパネルから以下のスクリーニング質問によって2,500名から選定されている。
1.家庭にブロードバンドインターネット接続環境があり かつ
2.インターネットの音楽配信サービスに興味がある
メールによる質問状送付数 600名
回答者数 311名
回答者の属性
男 |
49.5% |
154 |
女 |
50.5% |
157 |
なお、紙面の都合ですべての調査結果は掲載できなかったが、以下のWebに回答者属性の詳細、質問状およびクロス集計を含むすべての回答結果が掲載されている。
http://acow.cc.aoyama.ac.jp/user/iwai/reports/2001_11_MusicRsearchBasici.htm
[1]野村総合研究所「IT市場ナビゲータ2006」2001年11月8日 (NRIWeb上で発表)
[2] www.webnoiize.com “Webnoize Estimates Nearly Two Billion
Files Downloaded Using the Kazaa, MusicCity
and Grokster File-Sharing Applications in October”
2001年11月5日
[3] 総務省「平成13年度 情報通信白書」2001年(http://www.soumu.go.jp/hakusyo/tsushin/index.htm)
[4] Napsterは米国のNapster社が提供するファイル交換ソフトウェア、Gnutellaは米国のNullSoft社のJustin Frankelが開発したソフトウェア。詳細は後述。
[5] MPEG-1 Audio Layer-IIIの俗称、音声圧縮技術またはこの技術を使って作成された音声のファイル形式を指すこともある。ポータブルMP3プレイヤーと豊富な再生ソフトの出現により、ダウンロード型の音声配信技術の標準とされる。(日経BPデジタル大辞典2000-2001年度版)
[7]朝日新聞 2001年1月8日によると2002年1月7日に日本レコード協会(RIAJ)から以下の通り発表があった。「2001年の生産概況推計によると、音楽用レコードの生産金額は3年連続で前年割れだった。CD,LP,テープを合わせた音楽用レコードの総生産額は1998年の6075億円をピークに減少し、2001年は前年比7%減の5002億円だった。総生産量も前年比11%減の約3億8千万枚だった。特に年間1千億円、1億5千万枚程度の生産規模だったCD
シングルが792億円、約1億枚に大きく落ち込んだ。同協会によると、2000年の全世界でのCDシングル生産枚数は約14%減少。ネットによる音楽配信が盛んな米国では同年に約40%も減っており、『日本も、その影響が表れたのではないか』と見ている。」
[8] RIAJ「音楽コンテンツのネットワーク流通に関するレコード産業の考え方」(2001年10月1日) http://www.riaj.or.jp/
[9] 前述「IT市場ナビゲーター2006」11章2001年11月
[10] 前述「日本のレコード産業2001」
[11] 音楽に関する著作権については半田正夫「インターネット時代の著作権」2001年 に詳しい。また前述「IT市場ナビゲーター2006」11章によれば シングルCDのコスト構造は小売店粗利30%、製造原価15%、制作費6%、アーチスト印税2%、音楽著作権6%、メーカー粗利41%という試算がある。
[12]日経産業新聞編「市場占有率 2002年版」によれば各社市場シェアは出荷金額ベースでSME 19.7%, エイベックス 11.4%, 東芝EMI 11.2%, ユニバーサルミュージック
10.5%, ビクターエンタテインメント 8.3%, その他 38.9%である。
[13] 以下のNapsterに関する説明は大谷卓史、亀井聡、高橋寛幸「P2Pがビジネスを変える」翔泳社 2001年を参考とした。
[14] Hot Wired Japan「ナップスターに代わる音楽ファイル交換サービスは?(上・中・下)」2001年2月13日
[15] 詳細は「大谷ほか(2001年)」, pp82-98.を参照のこと
[16] Webnoize “Fasttrack:
The New Napster” 2001 年7月10日
[17] Internet Watch 2001年10月4日によれば著作権侵害で訴えられたのは、ファイル交換サービスKAZAAを運営するConsumer Empowerment、MORPHEUSを運営する米MusicCity.comと米MusicCity Networks、および米Groksterの3社である。原告側はこれらのファイル交換サービスに対し、「広大なインターネットにおいて著作権で保護された作品を違法に交換している、21世紀の海賊商店」と非難している。
[18] なお、アンケートの実施方法等はVII.本論の調査方法を参照のこと。
[19] 2001年12月のZDnetフリーウェアダウンロード数で1位にランクされている。
[20] 日経産業消費研究所の2001年9月の調査によると、ブロードバンド(高速大容量)によるインターネットサービスの利用については「ぜひ利用したい」が34%、「まあ利用したい」が47%で、81%の人が導入に積極的だ。ブロードバンドで利用したいサービス(複数回答)を見ると、「ホテルや旅館の案内・予約」43%、「趣味に関する情報」40%、「音楽のダウンロード」38%、「ニュース」37%、「鉄道・飛行機などのチケット情報」36%、「動画メール」33%、「映画・コンサートの案内やチケット購入」32%、「レストランなど飲食店情報」31%と、8項目で3割を超えた。
[21] Utterback, “Mastering the dynamics of innovation” the President and Fellows of Harvard College, 1994 [大津正和・小川進 訳『イノベーション ダイナミクス』1998年]
[22] 以下の内容は2001年7月9日付の両協会のプレスリリースより抜粋
[24]但し、同社は2001年12月3日に同社のリストラクチャリングを表明しており、以降のサービスについては不明である。